ダーリンハニー吉川「鉄道は私のものではない」

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【禁欲的な人々】

よく考えれば、鉄道ファンというのは非常に禁欲的な人々だ。
みんなのもの、すなわち公共物である鉄道を自分のもののように愛し、叶わぬ恋を続ける。
叶わぬ恋は苦しい。

自動車やセスナなら自分で買って免許を取れば運転できる。しかし鉄道はそうはいかない。
まして路線を作るとなったら事が壮大すぎて、殆んどうわごとに近い。
いや、「近い」ではなく完璧にうわごとだ。

万が一、鉄道会社のオーナーになれれば車輌のデザインや、「路線をここに引こう」など色々物を言えるだろうし、貸し切り特急を走らせて好きな駅に停車なんていう荒業も可能だろう。しかし残念ながらオーナーになっ ても、鉄道はオーナーだけのものではない。やはり、みんなのものだ。乗る人がいなければ、淘汰される。あんなに夢だったオーナー生活だったのに最後は経営 に苦しみ、夜逃げということになろう。そもそも鉄道会社のオーナーになるには、まず何代も続く財閥の息子になるか、難関の鉄道会社に入社し、出世出世また 出世、出世の25乗くらいを成し遂げ、やっとなれるかどうかだ。もし莫大なお金持ちでも、私の試算だと鉄道を作るには少なくとも8000億円くらいのお金 がいる。

鉄道フェスに集まる人々


【MONEY】

8000億円。もう8000億円というお金がいったい幾らなのかもわからない。下手したら15万円よりも安い気がしてくる。車輌だけでも1両1億と言われる。10両編成ならば10億円だ。それくらい途方もないマネーがいるのだから、まず本物の鉄道を手に入れることは厳しい。数百億で1.5キロくらいの路線ならばもしかしたら可能かもしれないが、手に入れたとしても私なら、「なんか物足りない」と言い出すだろう。

それよりもまず、「国から認可を取る」という作業がうっとうしい。鼻水をたらしながら、「ここからここまで、せんろをひくので、きょかをくらさい」といっ て済む問題ではない。綿密な地盤調査、工法のやり方と用地買収計画。車輌配置、ホームの長さ、線路の幅、収支の見積もり…。石川県の「のと鉄道」の事業許 可書を見たことがあるが、ありえない分厚さだった。「国から認められる」なんてこと、少なくとも私の人生では一度もない。

1両1億


【なのでたいていは、鉄道模型に走る】

子供のころ買ってもらった鉄道模型。私はそれを狭い家中に張り巡らし、「寝室駅」、「トイレ駅」、「キッチン前駅」、「リビングプラーザ駅」、「こどもの部屋駅」など駅を作ってダイヤ通り運行していた。たまに母親に蹴飛ばされたり、犬にくわえられるという事故があったが、運行はとても楽しかった。

しかし鉄道模型もお金が掛かる。子供にたくさん買い与えるには贅沢すぎる。何しろ新幹線の6両セットで2万円近くはした。私の中で路線延長や駅前開発などの構想がどんどんと膨れ上がり線路の補充を日々訴えたが、「高いし、邪魔」という理由で却下された。
今考えると、寝室にダイヤ通りNゲージが侵入してくるなんて、親にしてみれば辛かっただろう。たまに起きて深夜運転もしていたので、寝ているところシャー と模型が入ってくるなんてたまらないだろう。子供に何万円もする鉄道模型を買うくらいならば、箱根に旅行へ行きたかったろう。私も今ならロマンスカーに乗 り、いい感じの宿で一泊したい。親の心、子知らず。子の構想、親無視。ということで、私はなんとなく模型道を諦め、地図に自分の理想の路線を書き込むとい う「妄想鉄」になっていった。

鉄道模型


【赤羽ー羽田空港を走る「東京縦貫鉄道」計画】

東京には、縦の路線が少ない。少し外れると南武線や横浜線といういわゆる「縦路線」が走っているが、中心部にもう1本欲しい。赤羽から始まり、東武線のと きわ台、江古田、中野、笹塚、下北沢、三軒茶屋、自由が丘を通り、最終的に羽田空港へ抜けるー。この路線を私は「東京縦貫鉄道」と呼んでいる。環七・環八 があれだけ混むのはなぜか。鉄道の縦路線がないからだ。私はそこに着目し、日夜地図と睨めっこし、上記のようなルートを計画した。タモリ倶楽部でも発表さ せて頂いたが、多くの方が賛同してくれた。我々ダーリンハニーのDVDの特典にもルートと詳細な車輌のデザインを同封させてもらい、それを見た方から「ぜ ひ実現を!」という励ましのお便りも頂いた。しかし用地買収、建設費、車輌代、すべてを含め試算してみたところ、1兆8千億円という莫大な金が掛かること がわかった。

貴重な縦路線、南武線


【結局MONEYか】

途方もない。1兆とは何事だろう。私は途方に暮れた。

しかし逆にいま走っている路線がいかにすごいかを思い知った。これだけ全土に鉄道路線が敷かれている国は日本以外にそうはない。この事実は私を励ましてく れた。今あるものを愛そう。仕事場や家庭を結ぶ大動脈路線。はたまた小さなネットワークを補完するローカル線。JRに第三セクター、私鉄各社。たくさんの 車輌。線路。行き先案内板。ヘッドライトに島式ホーム。すべてが愛おしく、見ているだけで泣けてくる。

行き先案内板を回す筆者


【鉄道は私のものではない】

我々ダーリンハニーはよくマニアックだとかシュールだとか言われる。しかし鉄道ほどベタなものもあまりない。みんなが知っていて、ほとんどの人が利用した ことがある。細分化して顕微鏡のように目を小さくすればそれはそれはマニアックな世界が広がっているけれど、大きく見れば、鉄道ほど利用度が高く、体感と して知っているものもないように思う。興味はなくてもなんとなく知っているもの。

みなさんは「鉄道は公共のものです」とあらためて言われなくてもわかっているけれど、私はその事実をたまに忘れてしまう。たまに自分のものだと勘違いして しまう。写真を取りまくり、乗りまくり、「いい動きだ」とか「素晴らしい音だ」とか「もうすぐこの車輌は更新だ」などと言っては悦に入る。偏愛、溺愛、そ して結局フラれる。

私のような人に、自戒をこめて(ほとんど自分に言い聞かせるように)こう言おう。


「鉄道は私のものではない」。


これから2週にいっぺん、鉄道に関するコラムを書かせていただきます。たまにまったく関係のないことも書くかもしれませんが、どうかお付き合いください。やはり手に入れたい。





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