ダーリンハニー吉川「鉄道は私のものではない」

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 久々に坂口安吾の「堕落論」が読みたくなった。

十代に一度読み、何が堕落じゃいと思いながらも本気の意味はわからぬふりをして十年以上過ごした。最近再び読みたくなったのはそろそろ本気の意味がわかる んじゃないかという淡い期待と、久々に安吾の文体に身を預けたかったのと、暑いことを理由に何もせずダラダラしてることはおまえ堕落だよと安吾に言ってほ しかったのと、まぁ理由は色々ある。

久々に読んだ「堕落論」はよかった。

「イノチを掛けて勝負する」
「見たところのスマートだけでは、真に美となる物とはなり得ない」
「美しさのための美しさは素直でなく、結局、本物のものではないのである」

ルノアールで読んでいたのだけれど、ふと何度か笑い、ふと何度か怒った。安吾にではなく私に怒った。こちらはその怒りを待っていた。やはり読んでよかった。続きを読む。

「人生とは銘々が銘々の手で作るものだ」
「生きるということはまったくバカげたことだけれども、ともかく力いっぱい生きてみるより仕方がない」

私は考えを巡らし、2杯目の冷たい紅茶を注文し、また考えた。514円でこんなにも自問自答をさせてくれる本はそうはない。私は十代のころこの本を読んで何を感じたのだろうか。どこかに記しておけばよ かった。いま読み直してみると堕落論に書いてあることはカタチ上堕落することではけっしてなく、逆に生活を必死にしろということだった。必死に暮らしていけ。あがけ。苦しめ。裸になれ。そこから出てくるものはきっと輝いている。堕ちることが目的ではない。何かを生むために必死になれというメッセージを、安吾もまた必死で書き綴っていた。外を見ると暑そうだ。冷房の効いた店の中にいるのに私もなぜか暑くなっていた。続きを読む。もう4時間近くもいるが、構わない。もっともっと堕落の真髄を教えて欲しい。

「文士も、やっぱり、芸人だ」。-ふむふむ。ならば芸人だって気持ちのいい文士でなければいけないだろう。もっといろいろなものを書いていこう。
「赤頭巾という童話のモラルのなさに、文学のふるさとがある」-ペローが書いたラストは少女が狼に食べられておしまいというものだった。きっとその残酷さが人の出発点なんだろう。 「昔は取手に住んでいた。上野から56分しかかからぬのだが」

…。

上野から56分?取手まで?たしか今は常磐線特急フレッシュひたちに乗れば最速30分だ。あの遠くない距離をJRは26分も詰めたのか。37キロ弱を26分も縮めるのはすごい。車輌の性能は上がってい ても、昔とたいして変化のない路線もあるくらい所要時間というのはあまり削れるものではない。それも常磐線は昔と比にならないくらい列車本数が多い。乗り 入れなども伴う過密のダイヤの中で、よくぞ26分も縮めたものだ。安吾が取手にいたのはいつだ。1940年前後。約67年前。67年で26分。一瞬「すごいのか?」と思うも、やはりすごい。この短縮は鉄道の 歴史そのものだ。風景が見づらくなったりするのでスピードが速くなることは必ずしも100点とはいえないけれど、この努力は素晴らしいと思う。そういえば たしか取手以遠には交流直流の切り替え区間があったな。415系は古かったから、一瞬電気が消えたな。ぷつんと車内の音がなくなり、また再び立ち上がる音 がなんともいえなかったな。でも好きだった415系も今年常磐線から姿を消したな。あの顔けっこう好きだったのに。堕落論は置いておいて常磐線が気になっ てきた。たしか鉄道ファンの6月号は常磐線特集だった。家に帰って常磐線を調べよう。お会計。

結局「堕落論」→「鉄道ファン」。

こんなことが最近多いのです。

堕落論と鉄道ファン


 鉄道の記述が出てくると気もそぞろ。太宰が踏み切りの前で撮った写真を見たらそこがどこの踏み切りか調べたくなるし、荷風が京成を賛辞していると京成に乗りたくなってしまう。本来の目的がずれてきて、鉄道へと吸い寄せられる。元のものをホッポリ出して、知らぬ間に鉄道の本を読んでいる。

これは読書に限らず、たとえば野球中継を見ていても、

「5番佐伯打った!ランナーがホームに帰ってくる!タッチ、セーフ!」というのが

「5番線佐伯行き、ホームから出そうだ!タッチアンドゴー、滑り込みセーフ!」

とサラリーマンがギリギリで電車に乗れた姿を想像してしまう。野球用語と鉄道用語は案外似ているものが多い。『ホーム』(=電車のホーム)、『トンネ ル』(=山のトンネル)、『カーブ』(=線路のカーブ)、『ホームラン3号』(=ホームウェイ3号)、『強いライナー』(=中央ライナー)、『決勝 戦』(=新幹線)、『振り子打法』(=振り子式特急)、『140キロのストレート』(=特急はくたか『虫川大杉』駅付近で直線140キロ強)、『バントで 送る』(=回送送り出し)…。

「野球」→「鉄道」。

なんだか普通に見れない。

野球


鉄道(新宿発・中央ライナー)


 だんだんとダイヤモンドを掛ける選手が車輌に見えてくる。カープは赤いから丸の内線。ベイスターズは濃い青だから都営三田線。ライオンズは水色の東西 線。ジャイアンツはオレンジだから当然中央線。縦じまになると微妙で、たとえばタイガースは黄色だから総武線だけど、白も入ってるからJR西日本221系 ともいえる。縦の黒いラインは伊豆急の黒船列車。いやいや土佐くろしお鉄道にはタイガースが安芸でキャンプをする関係で「タイガース列車」というのがあっ た。それが一番見た目は近いか…。

いや待て。

タイガースは阪神だ。

「土佐くろしおタイガース」ではない。阪神タイガースだ。阪神電車だ。ライオンズも西武ライオンズだ。西武鉄道だ。親会社がそもそも鉄道会社ではないか。すり替えや喩えなどいらない。両者はもともとつながりの強いものだった。なぜそれを最初に思い出せないのだろう。

鉄道ばかり見ていたら、徐々に原点を忘れはじめました。
死んでしまいましたが安吾に張り手して欲しいです。

構わず公園で演奏を楽しむ筆者





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