ダーリンハニー吉川「鉄道は私のものではない」

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「完売劇場」のプロデューサー、雪竹さんから私に指示が出る。
「鉄っちゃん、立ち位置もう少し右!」
「鉄っちゃん、オチはカットアウトで切るからずっと喋っててください」

私は鉄っちゃんと呼ばれ素直に反応し、その指示に従う。
でも最初のころはそうはいかなかった。
何しろ私の名前は「吉川正洋」(よしかわまさひろ)である。

子供のころに鉄平くんという友達がいて、鉄平くんはみんなから「鉄っちゃん」と呼ばれていた。名前の中に鉄という文字が入っているのだから当然だ。玉山鉄二さんだってきっと小さい頃のあだ名は「鉄っちゃん」だったろう。玉ちゃんと呼ぶのはちょっと勇気がいる。

鉄平、鉄男、鉄二と名前に「鉄」が入る友達はみな「鉄っちゃん」と呼ばれていた。あだ名というのは名前から発展することがほとんどだから不自然はない。

ぼくは吉川なのでたいてい「ヨッシー」とか普通に「吉川くん」と呼ばれる。しかし雪竹さんだけは私の鉄道ファンぷりをすばやく見抜いて、会って3回目くらいから「鉄っちゃん」と呼び始めた。

雪竹さんは相当な飛行機マニアである。ならば雪竹さんは自然と「空ちゃん」(くうちゃん)ということになるが、さすがにプロデューサーなのでそんな呼び方は出来ない。

最初は「鉄っちゃん」と呼ばれることに相当な違和感があったものの、「鉄っちゃん」「鉄っちゃん」と100回以上呼ばれるうちにまったく自然になり、その うちたまに「よしかわ」と呼ばれると振り返れないくらいになってしまった。「鉄っちゃん」というあだ名はちょうど私の鉄道への入れ込み具合と平行し馴染ん でいった。もう鉄川鉄洋と改名してもいいとさえ思っていた。

ディズニーランドでおみやげを選ぶ鉄川


でもよく考えてみたら「鉄っちゃん」というのは相当ダサい。


響きは「坊ちゃん」とか「こてっちゃん」に通ずるツルツル感があるし、なにより鉄道が好きだから「鉄っちゃん」というのはストレートすぎやしないか。コンパに行った自己紹介のときに「吉川正洋です。鉄道が好きなので鉄っちゃんって呼ばれてます。よろしく」と言ったところで、なんか奇妙な空気が流れるのが目に浮かぶ。

鉄道の世界は日本語を多用する。
飛行機はすべての用語が英語なんだそうだ。

そこの違いがなんとなく鉄道ファンと飛行機ファンのファッショナブル度に差を生んでいる気がする。

鉄道ファンは趣味が細分化していて、それぞれ「乗り鉄」、「撮り鉄」、「収集鉄」、「ダイヤ鉄」などと呼ばれているがどうも字が重々しい。颯爽とした感じがない。まず鉄という字自体「金」を「失う」と書く。鉄道フェスなどに行きグッズを買いあさり、さんざんお金を使って通帳を見て途方に暮れるという絵がすぐに浮かんでくる(←私のことです)。

「鉄っちゃん」。この呼び名はどうにかならないものか。

我々ダーリンハニーの1枚目のDVDのタイトルは「Contesque」(コンテスク)という。これはもともとカフカエスクという言葉があり、それを土台にカフカ的世界をコントで表現してみましたという 意気込み溢れた長嶋くんが作った造語である。そんなシャレオツなコンビなはずなのに一方のあだ名が「鉄っちゃん」ではまずいのではないか。これから鉄道を 趣味にしたいという方々も「鉄っちゃん」と呼ばれることで一歩身を引いてしまうのではないか。ここはひとつ新たな鉄道ファンを増やすべく、「鉄っちゃん」 に変わるカッコいい言葉を生み出さないといけない。

カッコいいとは何か。
カッコいいもの。カッコいい人。カッコいい人たち…。

バンドだ。


バンドはカッコいい。絶対にカッコいい。カッコいい=バンド。
これは世間と照らし合わせても十分拍手を頂けると思う。照明に照らされギターをかき鳴らし、歌とベースが絡み合ってドラムがどんじゃがリズムを叩く。カッコいい。
でもバンドがカッコいい理由は他にもあると思う。それはきっと役割の呼び名ではないだろうか。


ヴォーカリスト(歌う人)
ギタリスト(ギターを弾く人)
ベーシスト(ベースを弾く人)
ドラマー(ドラムを叩く人)


まず呼び名がカッコいい。「俺ギタリストでさ」と言うのと「俺鉄っちゃんでさ」と言うのでは印象がずいぶんと違う。やはり英語っぽくすると少しはスタイリッシュになると言うことか。では、鉄道方面も少し変えてみよう。


乗り鉄=ジョーシャリスト(乗車する人)
撮り鉄=エレクトリック・トレイン・カメラマン(電車を撮る人)
ダイヤ鉄=スージー(ダイヤのことを「スジ」と呼ぶので)
収集鉄=アツメスト(集める人)


乗り鉄は乗る人だから乗車する人=ジョーシャリスト。「ジャーナリスト」みたいでいいじゃないか。
撮り鉄は電車を撮る人だからエレクトリック・トレイン・カメラマン。略してETC。高速道路の料金支払いシステムのことではありません。これから撮り鉄はETC。ELTとかTLCみたいでカッコいい。
ダイヤに詳しい人は、ダイヤのことを「スジ」と呼ぶのでスージー。外人の可愛い女の子みたいだ。集めることが大好きな収集鉄はアツメスト。ちょっとアスベストみたいだけれど、収集鉄よりはスマートだ。

「乗り鉄」改め「ジョーシャリスト」


「撮り鉄」改め「ETC」


「ダイヤ鉄」改め「スージー」


「収集鉄」改め「アツメスト」


あとは日常的に使われている「出発進行」や「ドアが閉まります」などもこの際カッコよくしたい。よく私が鉄道ファンだと言うと、「あの運転手さんの鼻にか けた掛け声は何?ああやらないといけないの?」と聞かれる。あれは「喚呼(かんこ)」と言い信号をしっかり確認するため重要な任務なのだが、この際もう少 しシュッとさせたい。

出発進行は「Let’s Go!」。これだ。鼻にかけた声で、レッツゴー!。
ドアが閉まりますは「door closes!」。…カッコいい。

Let’s Go!


カッコいいのでどんどん英語にしてみよう。私は英語がわからないので、後は翻訳ソフトにまかせることにする。


「発車します」
=It starts.

「白線の内側に下がってお待ちください」
=Please fall internally the white line and wait.

「駆け込み乗車はおやめください」
=Please stop the rushing to get on a train.

「一本お待ちください!次の電車すぐに参ります」
=Please wait by one. It comes to the next immediate train.
「次の各駅停車は途中駅であとから参ります急行に追い越されます」
=The following local train is outstripped to the express that comes at the station on the way.


…あれ、何言ってるかわからない。
全部英語にしたら、もう外国じゃないか。

外国


まったく何言ってるかわからないじゃないか。何だか車内で流れる英語のアナウンスだけが残ってしまった感じだ。何をやってるんだ。私は話が込み入ってくる と徐々に元のテーマから逸脱し、最初の目的地をいつも失ってしまう癖がある。これじゃあまさに暴走特急だ。なんだかハリウッド映画の駄作のような展開に なってしまった。

話を少し前に戻そう。

鉄道用語には日本語が多すぎて印象が重たいということだった。
ならばそれを英語っぽくしようとして完全に英語になってしまったのだった。

日本語はきっと美しい。細微にこだわれば、数多の感情が表現できる素晴らしい言語だと思う。丹念で華麗な日本語を使えば、もしかしたら問題をすべてクリア できるかもしれない。せっかく日本語というきめこまやかな母国語があると言うのにそれを使わないなんてもったいなすぎる。

それにもともと私は日本語を多用する鉄道の世界が、もしかしたら好きだったのかもしれない。これを書いていてそう思い始めた。馬鹿馬鹿しいあがきであった。ダイヤ鉄の方をスージーなどといって今となっては大変申し訳ない気がしてきた。

美しい日本語を使うことにしよう。

「一番線にお電車が参られます。お白線のお内側にお下がりになって日本茶でもすすりながらお待ちくださいあそばせ。お電車が参りました。渋谷でごじゃりま す。お乗換え多方面にわたっております。ご方面お間違えのないようお願い申し上げ候。まもなく発車をばいたします。駆け込み乗車はお上品な行為では御座い ませんので、麗しくご乗車していただけますよう重ねて申し上げます。お内回りお電車、扉を閉めさせていただきます。また逢う日まで。乗り遅れたみなさまは 和菓子を食べながらごゆるりとお待ち下さいませ。かしこ」

渋谷でごじゃります

…研修大変そうですね。
ぼくやっぱり「鉄っちゃん」でいいです。





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