前回、あてもなく阪急に乗った。 一人でぷらぷらと乗ったのだが、たいへん愉快な旅だった。 関西が『鉄道大国』だと言われる理由が少しだけわかった。 ホテルに着き、興奮冷めやらず「まだ何か乗れないかな」とベッドで時刻表をペラペラとめくっていたら、とある文字が目に入った。 「0系」 そうだ!0系新幹線がこちらではまだ元気に走っているんじゃないか! これはぜひとも乗りたい。0系はなにせ私を鉄道好きにしてくれたきっかけの車両である。 0系新幹線と私 1964年(昭和39年)のデビュー以来、ずっと走り続けてきた0系新幹線。高度経済成長の象徴とされ、懐かしの映像にもよく出てくる。機械工学的にもエポックな車両として、『機械遺産』にも認定されているくらいの名車中の名車だ。 しかしさすがに車齢も高くなってきて、今年の11月30日に引退が決まった。 ずっとずっと高速運転を重ねてきた0系に、「おつかれさま」以外の言葉はない。「え?機械におつかれさま?」と思うかもしれないが、関わってきた人々、乗った人、時代、走った本人、すべてにおつかれさまである。たまに車両を擬人化してしまう癖は許してほしい。 できれば直接、また個人的に「おつかれさま」を言いたい。 私は必死になって時刻表をめくった。 なにしろ翌朝には東京に帰らなきゃいけない。 血眼になって時刻表をめくった結果、1本だけ乗れそうな0系があった。 0系 新神戸23:06→新大阪23:21(こだま674号) 博多を18:42に出発したこだま674号は、はるばる4時間以上掛けて23:21に新大阪に到着する。その新大阪の手前、新神戸には23:06に到着だ。 たった15分の乗車だが、残念ながら乗れそうなのはこれしかない。 新大阪発着の0系が少ない上、翌日の新大阪発に乗ると帰れなくなってしまう。 なにより新大阪発の0系を調べたらすでに満席であった。すごい人気だ。 夜の0系もなんかいいな。 よし、新神戸まで先回りして0系に乗ろう。 0系に乗れると思うとワクワクドキドキ、そして少しのさびしさがこみ上げてきた。 ふたたび阪急に乗り三宮へ |
神戸・三宮に着いた。 神戸と聞くとなんとなく夜景がきれいなイメージがある。胸ポケットにハンカチーフ、ワインにパスタ、と決めたいところだが、まだ新幹線の切符すら取れていないので、ひとまず三宮から地下鉄に乗り新神戸へと急ぐ。 着きました 早く着きすぎました 焦りすぎである。 なにせ0系の発車は23:06だ。まだ1時間以上もあるではないか。 しかし切符をとりあえず押さえておこう。 もしかしたら私と同じような考えの人で新神戸は溢れかえっているかもしれないのだ。 記念入場券発売中 「新神戸→新大阪、自由席を1枚ください」と告げると、駅員さんは少し不思議そうな顔をした。よく考えたらそれはそうだ。東京から新横浜まで新幹線で行く 人はあまりいない。なにせ15分の乗車である。また大阪-神戸間といったらJRと私鉄の競合区間である。新幹線に乗る必要性がとても低い区間だ。 駅員さんは「なにをわざわざ」という顔をしていたので私が「0系です」と言うと、「そうですよね」と笑って言ってくれた。「一緒に入場券もください」と告げる。「混んでますかね?」と聞くと「たぶん大丈夫だと思いますよ」と駅員さんはこれまた少し笑いながら言ってくれた。 自由席&記念入場券をゲット しばらく待つ 切符が手に入ったらとたんにお腹が空いてきた。 ウキウキの弾みで夜ご飯を食べていなかったのだ。 しかしあたりを見渡すとまず店がない。 そして駅弁を売ってそうな店も閉まっている。 グーグーグー。胃が縮みながら食べ物を要求している。 私は「0系に乗れるんだから我慢せよ」と必死で胃をなだめた。 よし、少し早いけれどもうホームに行っちゃえ。 ひかりレールスターをやり過ごす まだ来るまで1時間ある。 新神戸でたった一人、新幹線を待つ。淋しくなりそうなもんだが、そうでもない。私の0系への情熱は相当なものだったようだ。 ただ胃だけが「お前何してんだよ」と言っている。 おなかすいたよー 実を言うと私は新幹線がメチャンコ好きというわけではない。 小さい頃は0系をヒーローの頂点に崇め、「でんしゃってすごいな」と思わせてくれたが、だんだんとその速すぎるスピードに「情緒みたいなもの」を感じなく なっていったのである。新幹線から景色を眺めるには相当の動体視力が必要になる。大人になるにつれ私はローカル線のゆっくりしたスピードに惹かれていっ た。 新幹線は「電車」「鉄道」というジャンルを飛び越してもはや「新幹線」である。どっちかというと「飛行機」に近い感じがする。 でも新神戸で何本も新幹線を見ているうちに、子供の頃のヒーロー感がよみがえってきた。 間近で見るとやっぱりカッコいい。 ひかりレールスターもカッコいい 100系のとんがり具合も最高だ N700系さん今後はあなたに任せた ホームで0系から連綿と繋がる新幹線の歴史をずーっと見ていた。 100系、300系、500系、N700系にレールスター。 もうすぐ皆様方の大先輩が、はるか博多からやってくる。 私はいてもたってもいられなくなってきた。 前川清スタイルで待つ いよいよ 「まもなく、こだま674号新大阪行きが参ります」というアナウンスが流れる。心臓の鼓動が新幹線のように早くなる。 淡い光が近づいてくる。 あの光は間違いなく0系だ。 きた! きた! きた! あまりの興奮に接写しすぎてしまった。 停車時間は非常に短い。よし、乗ろう乗ろう。 私以外にも「0系さよなら乗車」をしている人がいっぱいいるだろうと思っていたらガラガラであった。考えてみたらまだお別れまで1ヶ月以上もあるし、23時台のこだまに乗る人はきっと少ないのだろう。 夜の0系。ひともまばら。 なんだか新幹線にも新幹線なりの情緒がある気がした。 デッキの上の室内灯 光が波打つ まだ着かないでおくれ 15分。 たった15分だけど、この匂い、内装、加速、シートの柔らかさ、すべてを刻み込んでおこう。また博物館で会えるかもしれないけれど、走っているあなたにはもう会えないのだから。 なつかしいチャイムが鳴る。 JRさんの粋な計らいで昔使用していたチャイムを鳴らしてくれている。 「まもなく終点、新大阪です」 シンプルなトレー まもなく新大阪 着いてしまった やはりあっという間だった。 15分は短い。1時間近く掛けて新神戸に行ったのにすぐに帰ってきてしまった。でも、あの15分は永遠と感じられるくらいの…いや…やっぱり短かった。15分は15分だ。でもこの容赦のなさこそが新幹線の魅力である。 お見送りをしよう。 まだ11月末までは走ってくれるのだ。最後の走行まで、人と思い出を運び続けてくださいね。 横顔も愛らしくて こらえきれなくて 赤い光が消えてって |
さようなら、夢の超特急。 これからどんなにスピードや精度が上がろうが、あなたはいつまでも夢の超特急。そのふくよかでどこかファニーなフェイスを私は忘れません。本当に、おつかれさまでした。 0系引退まで、あと52日…。 ん、まだ乗れるな。 |
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