ダーリンハニー吉川「鉄道は私のものではない」

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先日バクスト編集長(?)住さんからこう言われた。
「吉川さん、秘境駅っていいですよね。今度行ってきてくれませんか」と。

あっさりと難題を言い放つ人である。

秘境駅というのは秘境にあるから秘境駅なわけで、簡単に行ける場所にはない。たいていは山奥で一日に数本しか列車が来なくて、利用客が数人というさびれた駅だ。「よし、明日いこ」と一足飛びで行ける場所にはない。行きづらいから秘境なのだ。

きっと住さんは冗談で言ったのだろうけど、実は私も秘境駅には興味があった。秘境駅研究の第一人者である牛山隆信さんの書いた本はほとんど読んでいるし、秘境駅の写真集まで持っている。「どうしてこんなところに鉄道が走っているんだろう」という孤独な読後感がたまらない。突き放したのに手を差し伸べてくるような感じ。あるいは逆。とにかく見ているだけで強烈な哀愁がある。

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秘境駅写真集

『秘境駅』
著者:牛山隆信・栗原景
出版:メディアファクトリー

あらためて写真集を眺めているうち、ふと東京に秘境駅はないのかな?と思った。 あったとしたら行ってみたい。東京なのに秘境。このアンバランスにすごく興味が沸いた。

秘境の定義は難しいが、私は単純に東京のJRの駅の中で一番乗降客数が少ない駅に行こうと決めた。降りる人が少ないのだから「東京の中では秘境」と呼んでいいだろう。

東京のJRの中で一番降りる人が少ない駅を探した。

そこは青梅線の白丸という駅だった。

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白丸駅

地図で見る限り何もない。ここは本当に東京なのか? いいではないか。秘境ってるではないか。でも地図だけではわからないので行ってみよう。

私の座右の銘は「とりあえず行く」だ。

ということでさっそく人が少なそうな平日の昼間に、白丸駅に向かいました。

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白丸駅へ行くには新宿駅から1時間40分ほど掛かる。
ちょうど青梅特快が来たので乗った。ひとまず青梅までひた走る。

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新宿から青梅へ(1時間)

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福生あたりでは軍用機が飛んでいた

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かぶりつき

青梅に着いた。

まだまだ住宅地はあり、秘境という感じはしない。

でもさすがに新宿の喧騒からは離れて「のどかないいところにきたな」という実感が沸く。
ここから青梅始発の奥多摩行きに乗り換える。

目的地の白丸駅は、奥多摩のひとつ手前だ。

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奥多摩行きに乗り換え

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ここからは自分でボタンを開ける式

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うれしい

新型車両に揺られているうちに、どんどんと車窓が山めいてくる。
目に入る緑の量が着実に増えていく。

そのうちに山っぽかった感じが、山そのものになっていく。
ボーントゥビーワーイだ。

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いつの間にか山

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さっきまで新宿にいたのに

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次はしろまるです

1時間40分。そろそろ着きそうだ。
あたりを見渡すとここはもう完全に山の中。

ドアを自分で開ける。さらっとして新鮮な空気が鼻の中に入ってくる。

白丸駅に着いた。

さすが東京で降りるのが一番少ない駅。
私以外誰も降りなかった。

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ぽつんと降りる

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ぽつんと座る

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ぽつん…

誰もいない。だーれもいない。
なんだか凄まじいところに来てしまった気がする。

さすがに秘境駅写真集で見るほどの秘境ではないけれど、ここが東京だと思うと変な感じだ。かといってここが何県かといわれるとよくわからない。

とりあえずホームの端から端まで歩いてみた。
白丸駅の要点はこんな風である。

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ホームの先はトンネルだ

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ホームからすぐに家がある

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利用客は登山者らしい

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熊が出るらしい

東京で熊。

やれ振り込め詐欺だネット犯罪だと見えない敵に怯えている昨今だが、熊と対面したら怖い。死んだフリをするんだっけか。逆にしちゃいけないんだっけか。見える敵と戦うのは男らしくてカッコいいけど、シンプルな恐ろしさがある。こういうとき、空手でもやっておけばよかったと思う。一瞬アントニオ猪木の異種格闘技戦を思い出した。

喉が渇いたので自販機を探したがなかった。
コンビニもない。食事が出来そうな店も一軒もない。無線LANも当然ない。
あーあと思ったけど、少し秘境っぽくて嬉しかった。

よし、周りを歩いてみよう。

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秘境を求め歩いてみる

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青梅街道を歩く

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と、謎の階段を発見

まずい感じがする。
すごく細い階段だけど、先に何かありそうなムードをバンバン醸し出している。

しかしこういう森みたいなところは汚れる。しかも前日は雨だった。子供の頃あんなに探検が好きだったのに、30を過ぎると虫とか滑るとか汚れるということに億劫になるからいけない。もしかしたら熊も出るかもしれないのだ。

でも今回は東京の秘境駅を取り上げた自分が悪い。

行くしかなかんべ。

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降りてみた

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恐る恐る

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なんだここは

なんだかわからないけど、すごいところに出た。

説明書きを見ると貯水池のようだ。白丸貯水池と書いてある。どうやらこの先はダムにつながっているらしい。川のようでもあるし、湖のようでもある。

なんだかわからないけど、とにかくきれいだ。

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まさに秘境

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薄い橋

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カヌーを楽しむおじさん

水の色がタヒチのようなエメラルドグリーンだ。
ここを秘境といわず何と呼ぼう。東京にこんなところがあるだなんて。

ただ泳いではもちろんいけない。こう見ると楽園のようだけど、あくまでも貯水池。 底知れぬ尊敬じみた恐ろしさがある。私は森とか湖とかがたまに怖い。

夜を想像すると特に怖い。


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脱兎のごとく

ふぅ。

これが本当に人里離れたところだったらどんなに淋しいことだろう。
でも「ここが東京なんだ」と思うと少し安心した。東京というキーワードがこんなに安心材料になるとは思わなかった。

私は北海道や九州にある本物の秘境駅には行けないなと思った。

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私は白丸駅で充分です



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東京の秘境駅、白丸駅には何もなかった。

なので行く場合は飲み物を買っていったほうがいいです。あとお腹が空いてもお店は一軒もないので、青梅で駅弁を買っておくことをおすすめします。あと冬はかなり寒そうなので防寒具もあったほうがいいでしょう。

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山の上に月

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また2時間近く掛けて帰ります

東京の端っこには、何も言わず山と池だけがありました。

淋しかったけど、こういう東京も、たまにはいいです。



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