門前仲町
東京フィールドワークin門前仲町
前回の東京フィールドワークで「島に行く」と言い残してから、約1年…。実際何度か島に行く計画を立てたものの仕事や悪天候でとことん頓挫し、「このままじゃいつまでも東京フィールドワークができない!もういい!島撤回!また新たに散歩に出かけよう」と意気込んで、再開することにしました。
題して「東京フィールドワーク・シーズンU」。

要は大上段に構えすぎて身動きが取れなくなり、続けたいのに続けられない状態が続き、「ここは一回仕切りなおすべ」ということで、アメリカのドラマ「24」(トゥエンティ・フォー)みたいにシーズンで区切ることにしました。ぼくは歩きたくて仕方なかったのです。実際休みの日なんかはひとりで勝手に東京フィールドワークに出掛けていたのですが、どうせ行くならカメラあり、文章ありでやりたかったのです。
ということでこれからシーズンUが始まります。またまた東京を歩きます。行ったことのない街に行ってみます。何かが起こるかもしれないし、まったく起こらないかもしれない。ただただ散歩し、街を眺め、景色にまぎれこみ、帰ってきます。テーマはひたすら「行ったことのない街に行ってみる」ことです。
行ったことのない街。空気の違い。空の違い。街並みの違い。自分が住んでいる街との違いを味わい、人の違いを体感し、「世界は広いな」とか「いろんな人がいるもんだ」とか何かしらの感想を抱き、こっそり家に帰ってきます。とにかく「行ったことのない街に行くこと」だけが目的で、あとはすべて副産物。ファーストタッチのときめきだけを風呂敷に包み込んで、みなさんにおすそ分けすることにしましょう。

いきなり前置きが長くなりました。また始めます。
さぁふたたび行ってみよう!ぼくが知らない東京の街へ。
あなたが知らない東京の街へ。
(その土地に住んでいたらごめんなさい)

さて再開一発目の東京フィールドワークは、なぜか「門前仲町」に行くことにしました。今回もお笑いフォトグラファー、オートバイと前日に会議をし、なんとなく決まりました。なぜ門前仲町か?特に意味なーし。でもお互い昔から気になっていた街です。「もんぜんなかちょう」という歴史がありそうな響き、でも名前は有名なくせに地理的にどこにあるのかさっぱりわからない感じ、このダブルポイントで、門前仲町に決定しました。ぼくはなるべく無情報で街に飛び込みたいので、この「意味なし感」がとても重要になってくるわけです。門前仲町。下町か?門があるのか?はたまた開発が進んでいてスタイリッシュだったりするのか?謎。全然わかりません。わからないから知りたくなる。門前仲町。略してモンナカ。今回はお前が恋の相手だ。

さてさっそく東西線に乗り(東西線自体がぼくの中では謎の存在)、門前仲町駅で降ります。そして駅に降り立った時点で、ここが「もんぜんなかちょう」なんだということを知ります。というのはぼくの中で街の名前が「もんぜんなかまち」なのか「もんぜんなかちょう」なのかいまいちよくわかっていなかったので、看板を見て、「もんぜんなかちょう」と書いてあるのを確認し、よし、もんぜんなかちょう、もんぜんなかちょうに来たぞ呼び名を確定させました。
階段を上りながら、風景の一発目を想像します。この瞬間が東京フィールドワークの醍醐味。だんだんと空が見えてきて、門前仲町がその姿をあらわします。どんな空だ、どんな空気だ、どんな街並みだ、門前仲町。

地下鉄の入り口を出てまず思ったこと。
「くもっている」「参道みたいなのがある」「ばばあが多い」

きたぞ、門前仲町

地図で何があるか確認

街を見てみる

いきなり参道を発見

歩いてみる

門仲名物、あげまん


あげまんとは随分な名前じゃないと思いながら参道を歩きます。この道には下町の雰囲気がプンプン漂っていて、やはり年齢層が高いです。プチ浅草みたいな風情。といっても街自体が有機的に歴史を発酵させている感じではなく、住んでいる人が勝手に発酵しちゃっている、そんな空気が流れています。意図的に醸造したわけではなく、自然発生的に醸造してしまっている感じ。浅草の作られた下町感ではなく、ナチュラルな下町感がモンナカにはあります。参道には出店のようなものがチラホラ出ていますが、半分くらいは店番がいません。取り放題だけど誰も取らない。信頼感とあきらめが入り混じった店が続きます。ためしにぼくが勝手に店番をしても、誰も文句をいわない。なんだろう、この街は。どことなく秩序を感じる。目に見えないモンナカ・ルールがあるみたいだ。ぼくにはまだそのルールがわからず、とりあえず歩くしか方法はないので、参道の奥にある深川不動に行ってみることにしました。
深川不動の入り口ではおばちゃんふたりがお酒の樽を手でバンバン叩き、「なんだよこれ、中身入ってないじゃない。なにこれー。だめねぇ。中身入ってないじゃない。ねぇ。お兄さん」とぼくに同意を求めてきたので、「えぇ。はい」とぼくは一応同意し、「中身入ってないとね」と頷いておきました。「ねぇ。中身入ってないんだもの。がっかり。何で入れておかないのかしら。だめねぇ。中身抜いちゃってるの。本当に」とおばちゃんは怒り心頭です。おばちゃんは何に対して怒っているんだ。なんだ、酒が飲みたいのか。ただただ機嫌が悪いのか。なんかの暗喩か。その真意は全然わからず。とにかくおばちゃんはゴリラのように猛然と酒の入っていない樽を叩き、ひたすら怒って帰っていったのでした。

店番をする

マンションと高速の谷間に深川不動

中身が入っていないと怒る
ゴリラのおばちゃん

とりあえずお参りをします。オートバイがちょうど頭を坊主にしていたので、本物の和尚さんみたいです。小太り坊主。周りの人と迫力が違います。
そして寺といえば恒例の絵馬チェック。絵馬の数だけ、願いがある。願いの中には、叶わないものもある。いやその中には、え、それ叶わせたいの?と甚だ疑問なものもある。恒例の絵馬チェック。今回も強敵ぞろいです。

メガネを清める

お参りをする

本物

ノブちゃんがカノジョとわかれて
つきあえますように
出世

毛?


さて、そろそろお腹がすいてきました。実は東京フィールドワークをする前に日本橋三越で「琳派展」という展覧会を見てきたので、お昼ごはんを食べ損ねていて、東京フィールドワークを始めたときには腹ペコだったのです。ということで参道を戻り店を探していると、そこに「深川丼」の文字が。おう!深川丼。聞いたことあるぞ。たしかあさりを使った丼だったな。やはりここは地の味を食べてみたい。ということで、文句なしに深川丼をチョイス。「六衛門」という店に入ります。店内は狭く、古びていて、下町の風情がありあり。ここも自然発酵的。「勝手に古びて何が悪い!」と啖呵を切られている感じです。テレビではワイドショーがやっていて、アニマル親子の特集が流れています。さっそく深川丼セットを注文し、待っていると30秒で出てきました。さすが下町、早い。うまい。やたら味が濃い!

六衛門

ごめんくだせぇ

深川丼セット1000円也


あぁ食った食った。お腹もいっぱいになったところでフィールドワークを再開します。下町のくたびれ具合に胸を躍らされ、日本最古の鉄橋を拝観し、子供たちが曇り空の中一生懸命野球をする姿を傍観しくだを巻いていると、いきなり富岡八幡宮が眼前に現れます。ここは深川不動のこじんまりした風体とは違い、とてもダイナミックな感じです。それもそのはず、ここはお相撲さんゆかりの神社で、「力持ちの碑」や「横綱力士碑」などマッチョな石碑がいっぱいあります。実は相撲が始まったのは両国ではなく、ここ門前仲町、富岡八幡宮。相撲といえば両国のイメージがありますが、両国で勧進相撲が始まる100年も前から、ここ富岡八幡宮では相撲が行われていたらしいのです。ということで、富岡八幡宮は力持ちの象徴、ひいては健康の象徴として人気があるようです。ちなみに「横綱力士碑」には歴代の横綱の名前が全員刻まれており、力士が横綱に昇進するたび、ここへ来てみなさん名前を掘るよう。ちゃんと未来の横綱のスペースも空いていました。

ちょっとやそっとじゃ
この渋いムードは出ない
都内で現存する最も古い鉄橋、八幡橋

お兄ちゃんみたいになるなよ!
少年たち
富岡八幡宮

力持ちの碑

横綱力士の碑


富岡八幡宮を歩いていると、でっかい神輿がガラス張りの建物に囲まれていて、「おぉなんだなんだ」と見ていると、古びた巨人帽をかぶったおじさんがつかつかと近寄ってきて、突然説明を始めました。

「ばかやろう、お兄ちゃん、これいくらすると思う?」
「え?」
「いいから、いくらだ」
「200万くらい?」
「ばかやろう!(頭をはたかれる)、10億だよ!10億。10おーくえーん!」
「へぇ、すげぇ」
「ダイヤとかエメラルドとかが上に付いてるんだよ」
「ほぉ」
「んで、これ祭りになるとこの神輿引っぱり出してだな、こう担ぐわけだ。わっしょいわっしょい。今の男はひょろひょろしててだめだ。力がない。気合いがない。女の方が頼もしいよ」
「ははは。そう」
「女なんかはどさくさにまぎれて胸揉まれても何にもいわねぇもん。エイサーエイサーってなもんよ」
「もんじゃだめだろ」
「ばかやろう。だからこうやってな(ここでぼくが背後を取られる)、神輿担いでるふりして近づいてさ、こう腰を上下しながらわっしょいやるんだよ(おもいっきり胸をもまれる)。なーにもいわねぇぞ。女は」
「軽い痴漢じゃん!」
「ばかやろうこのやろう。今の男は気概が足りないんだ。こう神輿担いでるとだな、股間が擦れてアレが大きくなるわけだな」
「もうそんなのばっかじゃん」
「ばかやろう、それが祭りなんだよ。いいか、それが祭りってもんだ。な。10億。どうだ。すごいだろ」
「すごいね。おじさんの帽子も年期入ってるね」
「ん?まぁこれは半年くらい前に買ったな」
「うそだぁ。めちゃくちゃ色褪せてるじゃん」
「1年位前かな。まぁでも俺は王の知り合いだから」
「王?」
「ばかやろう、ワンちゃんだよ、ワンちゃん。王貞治。ダイエーの監督。ワンちゃんが俺の1年上の先輩だからな。俺も野球やってたけど食中毒になっちゃって甲子園いけなかったんだ。んであれだろ、俺はペンキ屋になって看板作ったろ。ちょうど甲子園球場の看板作ってだな、そこでワンちゃんが看板にホームランを当てたんだ。な、すごいだろ、ばかやろう」
「それワンちゃんがすごいんだよね」
「ばかやろう。アイデア賞をもらったんだよ」
「意味がわからないね」
「ばかやろう、このやろう(ここらへんでおじさんがたけしさんに見えてくる。いつ「ばかやろうダンカン!」と言ってもおかしくない状態だ)。まぁ、あの神輿は10億だ。んであっちが伊能忠敬像だろ。ばかやろう。すごいんだぞ、伊能忠敬。知ってるか?伊能忠敬」
「地図を作った人でしょ?」
「そうだばかやろう。なにせ伊能忠敬はここから出発したんだよ。測量するときにお参りに来てだな、無事に地図が作れますようにこのやろうってお願いしてだな、んで計り始めたのよ」
「へぇ。ここが出発地点なわけね」
「すごいだろぉこのやろう。んであっちにあるのが大関力士碑だ。ばかやろう。横綱のは見たろ?こっちは大関だ。力道山なんかもあるんだぞ。あとこれは貴乃花のおやじな。でもあの高見盛っていうのはだめだな。サインくれっつてもくれねぇもん。くれっ、つってんのに、くれねぇもの。あれはだめだ。ばかやろう。サービス業だろ、っていうんだよ」
「うん。ばかやろう。あ、違った、ありがとう。もうちょっと見てみるよ」
「おう、このやろう。んであの朝青龍っていうのがいるだろ。モンゴル。あいつはいい奴だ。サインくれっつったらサラサラ書いてくれるもん。ばかやろう。それに比べて…」

(ここから「ばかやろう」「このやろう」を連発しながら20分くらい相撲話。オートバイもどこかへ言ってしまい、完全にふたりきり)。

こういう人って古い街には必ずいます。本職が何なのかさっぱりわからない話し好きのおじさん。でも腰振られたときはどうなるかと思いました。たぶんこの人は富岡八幡宮の名物おじさんなんでしょう。

神輿を見ていると
たけしおじさんが近づいてくる
家族の前でバックを取られる

胸をもまれる

伊能忠敬像(なぜかおじさん入り)

話が止まらない

延々と続くおじさんの話


「オーケーおじさん。強い。横綱強い。おじさんも強い。ありがとう、またね!」と、ぼくは何とかおじさんを寄り切り、門前仲町を隅田川目掛けて歩きます。途中、立ち飲み屋で恒例の「まぎれる」を見事決行し、曇り空を眺めながら街の空気に馴染んでみます。生活丸出しの商店街。競馬帰りのおやじたち。モンナカには都会の若者にはない「丸出し感」がぽっこりと存在しているようです。
オートバイと川を目指しながら、どちらからともなく、「やばい」「やばい」「せつない」「苦しい」とふたりしてうめくように悲鳴に近い声がもれます。これはたしか錦糸町で味わったせつなさでした。夕方の江東区はどうしてこんなにもせつないのでしょう。江東区に住んでいる人はせつなくないのでしょうか。これはただただぼくらが「異区」に来てしまったことのせつなさでしょうか。ホームシックに近い感覚なのか。それとも夕方の江東区には独特のせつなさが流れているのか。なぜか子供の頃の敗北感を思い出します。

なにかが不在。誰かがいない。色が褪せている。取り残されている。風化している。時代が過ぎてしまった。でも人は生きている。逆にしっかりと生きている。もうそこまで開発の波が押し寄せている。どこかがせつない。こころのどこかが呼応する。感受性が応答する。俺はなんなんだ一体何者なんだ。ここはどこだ、一体どこなんだ。

お。大きな橋が見えてきました。永代橋だ。

隅田川に着いたころにはすっかりと夜の手前。
その隅田川がえらいことになっていたのです。

まぎれる

商店街で立ち止まる

ここも店番が不在

色褪せている

開発の波が押し寄せている

永代橋に到着


川が氾濫寸前!台風23号が降らせた雨が隅田川の水を溢れさせ、限界ギリギリの水位まで上昇しています。それでも水上バスが無理矢理走っていて、橋にぶつかりそう!ぼくらのテンションは一気に上がり、さっきまでのセンチメンタルはどこへやら。さすが、江戸時代に大川と呼ばれただけのことはあるぜ、隅田川。水が濁ってたっぷたぷ。すべてのせつなさを飲み込んでしまうほどの水量です。周りを見渡すと、先ほどまであったはずの下町臭が消え失せていて、高層マンションやオフィスビルが立ち並んでいます。ウォーターフロント、都市開発。織田裕二が歩いていそうな光景です。下町から10分も歩けば川が流れいて、ビルが立ち並んでいる。変容していく街並み。移動する時間。古きものは古び、新たなるものは新たに。現実が現実的に存在しています。ぼくは大量の泥水を眺めながら、東京はやはり奥が深い、と唸ったのでした。

永代橋

大増水した隅田川

えらいこっちゃ

橋に船が突っ込む

景色が一気にトレンディーに

5時になるとライトアップされます


ということでナチュラルな下町、門前仲町でございました。でも今回は街の風景より、たけしおじさんにやられた感じです。ありがとうおじさん。いつまでもばかやろうでいてくれよ。

TOKYO FIELD WORK 2
TOKYO FIELD WORK 2