茗荷谷
東京フィールドワークIN茗荷谷
 前日の散歩会議。ぼくと友人のオートバイ。

 吉「茗荷谷に行きたいのですが付き合ってくれませんか?」
 オ「茗荷谷?なにがあるの?」
 吉「わからないんだけど気にならない?茗荷谷。ミョーガダニ」
 オ「いいけど地味なことにならんかね」
 吉「ねー。でもたまには地味でもいいじゃない。いろいろ行ったけど、
   文京区はまだ行ってないし、なんかそそられない?茗荷谷」
 オ「地味で行くなら曙橋とかもありますよ。あ、馬喰横山は?」
 吉「おー!馬喰横山!『ばくろよこやま』って読めないしいいなぁ。
   でも名前がちょっと派手だなぁ。バクロ!ヨコヤマ!」
 オ「じゃあ茗荷谷にしましょうか!」
 吉「よし。お願いいたします」
 オ「どうなるかわからないけど…」
 吉「写真が地味そうで怖いけど」

 ということで、今回の東京フィールドワークは茗荷谷に決定!なんといっても「みょうがだに」というカントリーなネーミング。そして丸の内線が地上に出る街。あとは…特に知らない。いつもの無情報&ミステリアスに惹かれて行ってみたくなりました。今回のパートナーは柴又以来1年ぶりの復活、映像作家兼・写真家兼・演出助手兼・元お笑い芸人のオートバイ。「俺そろそろ就職するわ」と九月に突然言い出すオートバイ。人に紹介する時「こちらがオートバイです」と言うと、「お、おーとばい?オートバイさんと呼べばいいんですか?」とみんなが100%戸惑うオートバイ。「オートバイ進入禁止」と書かれていると中に入らないルールに忠実な男オートバイ。人間なのにオートバイ。彼の写真が、とてもいいのです。彼は一回の散歩で五百枚くらい写真を撮ります。惜しげがない。その中で使える写真はせいぜい10分の1程度とのこと。その「撮り様」(とりざま)が非常にいさぎのいい男です。太っています。

 夏の終わり、またまた行ってきました知らない街へ。
 歩いて見つけて写真を撮って、ただただ東京を探検する旅。
 しばしお付き合いください。

 まずは丸の内線に乗り、茗荷谷駅へ向かいます。後楽園から茗荷谷の区間は地下鉄だというのに地上を走ります。乗客のみなさん、外に出ると一斉に車窓を見る。あの地下鉄が外に出た瞬間というのはなんともいえない開放感と、白い明るさがたまらないですね。丸の内線は他にも四ツ谷駅と御茶ノ水近辺でちょこっと外に出てくれます。地下鉄の地上区間は他にもいくつかありますが、地形の問題だったり、予算の問題だったり、他線との関わりによりますが、後楽園−茗荷谷間はもともと浅い大地のため、谷に掛かると凹凸の関係で自然と地上に出てしまうのです。谷にあわせて下に下るより、ぽんと出ちまったほうが理にかなっています。それに合わせて茗荷谷には「小石川検車区」という車庫があります。地下鉄は車両基地を地下に作ると莫大な費用が掛かるので、たいてい地上にありますが、茗荷谷が地上にあるので「こりゃちょうどいいや」と言わんばかりに車庫があるようです。

 駅に降りる。珍しい、地下鉄なのに日が差し込む駅。ベリナイス。


茗荷谷ホーム

すっぽり地上が見える

駅前に都バスの車庫


 茗荷谷周辺は別名「小石川」と呼ばれていて、東京市の頃は「小石川区」と呼ばれていたそう。1947年に本郷区と合併し、文京区になったという経緯があります。なので地名や看板も茗荷谷という文字は少なく、小石川と書かれているものが多いです。

 駅前は駅ビルがひとつ。あとは大通りに面して大小さまざまなビルが立ち並んでいます。オフィス街というほどでもないし、バリバリの住宅地でもない。どこか曖昧模糊としていますが、ちょいと道を入ると渋い定食屋や飲み屋があったりして、「歴史がありそうだな」というのはなんとなくわかります。

 大通りを右に折れると、公園を発見。なんか奇妙な鉄のオブジェが鎮座しています。これはどうやって遊ぶんだ。動かないし、夏だと鉄だから熱いし、でもどこか遊んで欲しそうだし。その突き放してるけど友達になりたい感じは何だ。一応精一杯遊んでみましたが、まだまだ気温30度。熱せられた鉄のかたまりは非常に熱い。


振替納税推進の小石川

公園のオブジェ

オブジェ2

オブジェ3

遊ぶ

真剣に

熱い

大きな公園

坂が多い


 坂を下ってみるか迷いましたが、下ると駅から離れてしまうし、どこか別のゾーンに行ってしまいそうだったので、いったん駅に戻り大通りとは逆の方面へ歩いてみました。

 人はまばら。大学生風の女子と、自転車に乗ったおじさんと。都会でありながら、どこか郊外の街のような風情。

 茗荷坂という細い坂を下ると、左側に寺を発見。そしてそこにはなんともマゾヒスティックな地蔵がありました。


茗荷坂を下る

林泉寺にある

縛られ地蔵


 地蔵が縛られています。いったいどうしたことでしょう。

 看板などをいろいろ読んでみると、この縛られ地蔵はその昔、失くしものや盗難があると地蔵をひもで縛り、見つかると解くという風習の対象になり、そのうち願掛けをするときも縛られ、何でもかんでも縛られ、今ではぐるぐる巻きになっているということでした。生で見るとすごい勢いで縛られています。最初は失くし物が見つかったらその都度解いていたのでしょうが、見つからない場合もあるし、願い事なんて言い出したら叶わない場合のほうが実際多いわけで、解かれることのない無数のひもが今日も縛られ地蔵を締め付けています。中にはそういう趣味の人もここへ来て夜な夜ないろいろな縛り方を練習しているらしく…というのは嘘です。しかしお地蔵さんの顔はほんわか。「いいんだよ、あなたがたの願いのためなら、いつでも縛られますよ」という諦観にも似た悟り顔で立ちすくんでいます。世の中にはいろいろなお地蔵さんがいるもんです。これは間違いなく茗荷谷名物のひとつでしょう。

 先ほどすれ違った大学生風の女子は、本物の大学生でした。縛られ地蔵から歩いて5分。拓殖大学を発見。行ってみたはいいものの、キャンパスは夏休み中。がらん。しかし暑さがひどいため「こりゃちょうどいいや」と一休みさせてもらいました。


歴史を感じる拓殖大

誰もいない

完全分煙

しばし休憩

顔が見えない銅像

夏休み


 建物が非常に渋い拓殖大。大学というと老朽化や移築などでピカピカしたキャンパスが増えていますが、この大学は「ザ・日本の大学」といった感じの、ちょっと東大にも似た古きよき趣きを感じます。さすが文の区、文京。その感じで、いつまでも。

 散歩再開。

 歩くと、さっきとはまた別の寺、深光寺。「滝沢馬琴の墓↑」と書かれた案内板を発見。おー!滝沢馬琴。別の名を曲亭馬琴。両目を失明しながら、『南総里見八犬伝』を口述筆記で書き上げた信念の人。魂の小説家。当然のお墓参りです。オートバイと二人で「あなたはすごい」とお墓の前でしばし立ちすくみ、少しの間のあと「わたしも、がんばります」と頭を下げてきました。東京フィールドワークでは一体いくつのお墓を参ったことだろう。

 深光寺を左に折れると、しばらくゆったりとした住宅街が広がっていました。「蛙坂」(かえるざか)と名のついた急坂を上ります。案内板には「蛙坂という名前は、その昔道の両端でカエルが合戦をしていたから付いたといわれているとかいないとか」なんていう名所特有のアバウトな由来が書いてありました。そもそも茗荷谷自体も「昔々、ここらへんでみょうがを作っていたからといわれているが、諸説ある」とたいへん大まか。地名の由来ってだいたい2つ3つ説があるんですよね。茗荷谷のもうひとつの説はこの土地にあった稲荷さんに祈願すると冥加(みょうが)を得るという言い伝えがあり、谷もあるから冥加谷→茗荷谷となった、ということですが、ぼくはみょうが畑説に軍配を上げたい。そっちのほうが、絵が浮かぶもの。東京のど真ん中で、にょきにょきと大地から顔を出すみょうがたち。先端が照れたような赤紫。その畑も今はなくなり、赤を継承するように地上を走る丸の内線。車庫に並ぶ赤いライン。赤いみょうが畑が赤い車庫になった。なんかいい話だな、といま勝手に納得してしまいましたが、これはただのこじ付けです。


滝沢馬琴の墓

突く

蛙坂

車庫の下はトンネル

みょうが畑に思いを馳せて

かつてはみょうがの大地


 さて丸の内線の車庫を背に坂を登ると、春日通りという大通りに出ました。ここはなんてことのない2車線大通り。「特に見るものはないね」と話していると、お腹グー。グーグーグー。あぁ腹が減った。散歩しているとびっくりするくらい自然に腹が減ってくる。嘘のようにグーグーとお腹が鳴る。「おいしいものがたべたい」と子供みたいなことしか言えなくなってくる。

 春日通り沿いに蕎麦屋を発見。ぼくは普通のとろろせいろ。オートバイはせいろの3段盛り。ずるずるずると蕎麦をすすっていると、早稲田実業優勝のニュースがTVで流れています。前日の延長引き分けから一夜経ち、決勝戦のやり直し。試合はハンカチ王子(その時はまだ呼ばれていなかったけど)、斎藤君の快投で激戦を制し、見事早稲田実業が優勝を飾ったのでした。地元は大フィーバー。そんなニュースが流れています。
「斎藤君見事だね」「田中君もよくやったよ」。特に野球に興味がないオートバイでさえ甲子園の話をするくらいですから、今年の甲子園はすごかったのでしょう。ちなみにオートバイと野球の話をすると、だいたいポンセが銭湯に入っていたという話になります。オートバイは横浜出身なので、よく大洋ホエールズの選手を街で見かけたそうです。パチョレックと田代も街で見たといっていました。うらやましい。

 うー食った食った、シーシーシー。
 腹を叩きながら春日通りを歩きます。
 だんだんと人通りが激しくなってきました。
 カーブを曲がり、突如現れたのは後楽園。ポットのようなでーっかい建物があります。そこは文京区のランドマーク、文京シビックセンターでした。
なめていました。


とろろせいろ

ポットのようなシビックセンター

そこはもう後楽園


 文京シビックセンターには展望台もあって、区の施設なので無料で入れます。こりゃ行くしかなかんべ、と中に入ると突然鼻を突く香水の匂い。アダルトで濃厚な匂い。徐々に見えてくるおびただしい数のおばさまたち。どちらからともなく、「あ、この雰囲気、韓流だろ」。一発で分かりました。ここはシビックホールというコンサートが出来る施設も併設していて、その日はたまたま、韓流スター、チョ・インソンがファンミーティングをやっているようでした。

 うちわやポスターを持った異常に目が輝いている中年女性たち。テンションが高ぶりすぎてお互いの肩を強すぎるスナップ叩き合っている中年女性たち。化粧もばっちり。服もびしっと。どうしてぼくではいけないのか。韓流スター、まだまだおそるべし。目が全員ハート。ぼくもオートバイも完全に飲み込まれてしまい、多少酔ってきたので「早く上に行こう」と25階展望台へダッシュ。

 展望台。男同士で眺めるにはもったいないほどの絶景。

 「地味なことにならんかね」と心配していた文京エリアでしたが、考えてみればここは東京のど真ん中。新宿も池袋も上野も浅草も全部見えます。それも無料で。こりゃカップルにはおすすめですよ。夜景もきっと綺麗でしょう。ごめんなさい文京区。決してあなたは地味ではない。


アダルティな香りが

まぎれる

展望台に着くと

東京一望

浅草方面

後楽園


 オーケー。充分写真も撮ったし、日が暮れてきたし、ここらへんでゴールしますか。お、でも東京ドームがありますよ。じゃああそこを今日のゴールとしましょう。今日は月曜日だし野球もやってないだろうから、外観と一緒に写真を撮っておしまいにしよう。

 ビッグ!エッグ!ゴール!

 と思いきや、なぜか野球少年がドームに吸い込まれていく。ん?月曜日でしょ?プロ野球はなにもやってないはずよ。マンデーパリーグは交流戦がはじまったから廃止されたしおかしいな。コンサート?でも野球少年がなんでこんなにたくさんいるんだ?正面の方へ歩いてみると大人もたくさん集まっている。トラメガを持った係員が大きな声で叫んでいる。

 「桑田が出ますよー!今日は桑田が先発です!ぜひどうぞー!」

 看板を見ると「イースタンリーグ公式戦/読売ジャイアンツVS東京ヤクルトスワローズ」の文字。

 2軍の試合だー。それも桑田が先発だー。斉藤投手が華々しく優勝を決めた日に、22年前1年生ピッチャーで優勝投手となり、甲子園最年少投手の記録を作った男、桑田真澄のピッチングが見られるなんて。なんという運命のめぐり合わせ。周りを見渡すと「KUWATA」というロゴの入ったTシャツを着ているおじさんもいる。野球に興味のないオートバイを必死で説得し(桑田という男の歴史を演説し)、チケットを半ば無理やり買わせ、イン・ザ・ドーム。1000円。


終わりと思いきや

少年についていくと

そこに桑田が待っていた


 ぼくは横浜ベイスターズのファンですが、そんなことはこの際関係ない。一野球ファンとして、ベテラン桑田のピッチングが見たい。コーナーに決まるコントロールと、味のあるカーブが見たい。高校を出て20年間プロの第一線で活躍してきた男の生き様が見たい。巨人の2軍はどれくらい強いのか見てみたい。打順を見る。1番亀井、2番仁志、3番小関、4番アリアス、5番斎藤、6番大西、7番黒田、8番實松、9番桑田。何だこの打線は。5人もトレードで取った選手がいるじゃないか。大丈夫かジャイアンツ。仁志はどうして2軍なんだ。亀井を横浜にくれないか。など愚痴をたれているうちに試合開始。けっこうお客さんが入っています。

 1回の表、桑田、ナイスピッチン。ほとんどが詰まった内野ゴロ。さすがの投球術。すばやいテンポで1回を終える。球場も大盛り上がり。

 1回の裏、1番亀井がいきなりの先頭打者ホームラン。またも球場大盛り上がり。ぼくは巨人嫌いなので周りを気にしながら親指を下に下げる。

 2回の表、桑田、先頭打者に打たれる。次の打者にも打たれる。次の打者にも打たれる。満塁。あれ。桑田がマウンドにキャッチャーを呼ぶ。野手が集まる。なぜかコーチも出てくる。会議が長い。どうしたどうしたと球場が不穏な空気に包まれる。すると…

 「ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー桑田に代わりまして、野口」

 えー!えー!

 桑田を見にドームに入ったのにー!全体のため息がぽわぽわ舞い上がって目に見えるよう。

 その日のニュースによると、桑田は腰に違和感を感じ降板とのこと。

 仕方ない。腰に違和感だもの。ピッチャーはどこかに違和感を感じると球が投げられない生き物なんだもの。それに一番悔しいのは桑田であろう。もっともっと投げたかったであろう。よし、出よう。ぼくらは桑田に誘われて大きな卵に入ったんだ。その桑田が降りるというなら、ぼくらも出よう。2番手野口。またもトレードで獲得した投手。いかがなものかジャイアンツ。常に勝利という宿命を背負った球団だというのはわかるけど、もう少し若手を育てたらいかがか。調整と育成をかねた2軍だけれど、巨人は調整の比重が強すぎて、打順を見ていてあまり未来を感じない。ヤクルトは腸整、いや調整よりも育成に比重を置いていた。今後伸びてくる選手もあの中にはいるだろう。ただジャイアンツ愛に燃える原監督は今後若手をどんどん育てていきたい方針をもっているのだそう。今後に期待しよう!

 とジャイアンツのことばかり気にしてしまいましたが、そういえば我らがベイスターズもピッチャーがひどいなと脳の中が野球だらけになりながら東京ドームを後にしました。


桑田を待つ

セレモニー

桑田のピッチング

4番アリアス

打倒巨人

あれ?

あれ?

あれれ?

さよならドーム


 ということで最後は巨人の2軍にたどり着いた今回の東京フィールドワーク。茗荷谷−後楽園エリアの旅でした。決して地味ではありませんでした。

後日、斎藤投手は大学進学を決め、桑田投手は巨人退団を決めました。しかし現役は続行するようなので、まだ桑田投手のピッチングは見られそうです。でも「巨人の桑田」のピッチングをこの目で見れてよかった。散歩はなにがあるかわからない。なにもないかもしれないけれど、なにもなくてもそれでいい。くらいの気持ちで歩いていると儲けものがたくさんあります。さて次はどこへ行こう。秋だから空気が澄んで気持ちいいだろうなぁ。また次回お会いしましょう!あれ、シーズン2、次が最終回か?

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TOKYO FIELD WORK 2
TOKYO FIELD WORK 2