「錦糸町」という名はかつてあった「錦糸堀」という堀の名前に由来している。その錦糸堀は「おいてけぼり」の伝説のもとになった場所。明治以降は江東地域の中心商店街、東京楽天地で知られた。また、錦糸町はかつての総武鉄道の起点であり、その車両工場跡の再開発が進んでいる。来年3月には地下鉄半蔵門線が開通し、渋谷まで一本で繋がることになる。墨田区錦糸町。平日と週末では顔色がまったく違う街。

―グッドラックな街、錦糸町―

東京フィールドワークも回を重ねて5回目。前回の大森はカップルで訪れるのに
いい街ならば(水族館もあるしね)、今回の錦糸町はオヤジムード満載の街で
あることはほぼ間違いなく、多少の覚悟と、でも多少の裏切りを求めて、
またまた行ってきました知らない街へ。錦糸町は毎回フィールドワークの候補に
上がっていながら、なんだか行く気がしなくて、どこかぼくの中で遠ざけていた街
でもあります。ハッキリ言ってあんまりイメージは良くなかった。
どうしてか?ひとつ、遠そうだから。ふたつ、特に何もなさそうだから。
みっつ、オヤジが酔っ払いつぶれていそうだから。よっつ、総武線がちょっと苦手。
ごめんなさいね、総武線沿線のみなさん。これはあくまで行く前までの勝手な
イメージです。これこれこういう理由で、ぼくは錦糸町を避けてきたんです、
というあくまでも前フリです。でもずっと気にはなっていたのです。恵比寿や目黒と
いった「こじゃれたミステリアス」とは一味違う、「ダイナミック・ミステリアス」が、
そこにはあるのではないか?そんな期待を込めて、5回目というタイミングで
やっと行ってきました錦糸町。しかしこれがなんとミラクル連発の1日になったのです。
さぁあなたの知らない東京が、今日も幕をあけます。
さっそくご案内しましょう。ふふふふふ。(意味なし)

まずミラクルその1。行きがてらの半蔵門線。足元に「林家いっぺい真打昇進記念」
と書かれたレアな紙袋を持っている坊主頭にスーツの若者を発見。同行してくれた
チェアマン(東京フィールドワーク初参加)と、「あの袋欲しいね、欲しいね」と
眺めていると、ちょうどぼくらの目の前に、その彼が座りました。ここでぼくの
推理が始まります。ん?あのしゃきっとした姿勢に坊主頭、独特の視線。
そして問題の紙袋。彼はいったい何者だ。あのレアな袋は簡単には手に入るまい、
…ここでぼくはふと気付きました。あ、たぶん落語家さんだ!!いや絶対そうだ。
でも何であんなに若そうな彼が(二十歳くらいに見える)、あそこまでレアな袋を…
と、ここでぼくはふと隣りに座っている老人と目が合いました。そして氷が
太陽に照らされて溶けていくように、ぼくの中で謎と答えがじわじわと繋がったのです。
「木久蔵だー!!」、こころの中でぼくは叫びました。さっそくチェアマンにも
教えなければと思い、「謎が解けたよ」と意味深に話を振り、「わからんかね」と
じらすも、チェアマン何のことかさっぱりわからず。だ・か・ら、あの紙袋、
持っている若者はたぶん落語家さんだよ。はいじゃあその隣にいるご老人は…、ほれ!
とヒント出しまくりも、「ん!?何言ってるの?」とチェアマン。ほーら黄色くて、
笑点出てて、林家!!「木久蔵だー!!!」。彼もパツンと気付きました。
「今日はなんかいいことありそうだね」。そんな予感がした半蔵門線。

今日のオレは推理と直観力、どちらもずば抜けているぜ。
錦糸町よ、待ってろよ。

さて、ハードボイルドなぼくと、ワンダーランドなチェアマン。錦糸町に到着。
いきなりホームが汚い。タバコの吸殻や新聞が乱れ、ただならぬ雰囲気。
そして案の定のオヤジたち。でもその数が尋常じゃない。そしてみなさん小脇に
新聞を抱えている。でもぼくらにはその理由があっさりわかった。
今日はサンサン日曜日。錦糸町といえば、場外馬券売り場「WINS」。
そうです競馬です。お馬さんにお金を搾取される日です。あーあ、錦糸町。
そうかよ、土日は競馬かよ。面倒くさいので競馬は後回し。ということでオヤジと逆らい、
WINSとは反対側の駅前ロータリーをうろつきます。なんだか意味のわからない
でっかいドーナツみたいなのがぶら下げてある。そしてどこからともなく
バンド演奏が聞こえてくる。おー、いいねいいね、と近寄ってみるとすぐに
終わってしまった。あらら、タイミングが悪い。ストリートなんちゃらという
看板を見てみると「14時からオンステージ」と書いてある。しかし時刻はまだ
14時10分。みじけぇなぁ、バンド演奏。曲数ねぇなぁ。まだ新人バンドなのだろうか。
仕方がないので募金などをして錦糸町のいいところを聞く。「北口には何もない」
といわれる。

錦糸町ホーム。
いきなり汚い。
錦糸町北口。太陽がまぶしい
でっかいドーナツ。


なんかの運動にまぎれる
バンドがいないので変わりに演奏。
募金をする。
ガード下を歩き西口へ。


さてガードをくぐり西口へ。あーあ、なんかごっちゃごちゃだ。そしていささか薄汚れている。
国鉄の頃の名残を微妙に感じる。しかし街全体が開発中なのかやたらと工事が多い。
来年には半蔵門線も開通するし、きっと生まれ変わる途中なんでしょう。
そして西口ロータリーでは大音量の街頭演説。を聞かないオヤジたちの群れ。
でも日曜日ということもあって、買い物をしに来た家族もたくさんいるようだ。
丸井なんかもあって、かなり便利な街なのかもしれない。しかし街を包むオーラが
どこか冴えない気がする。あれもこれもすべて競馬のせいなのか。大量の「負け」オーラが
錦糸町全体を包み込んでいる感じだ。ここはもう、WINSに行くしか錦糸町を把握
することはできないのだろうか。あぁちょうどいい。やってやろうじゃないか錦糸町。
平日に来たってお前のすべてがわからないのなら、思い切って勝負だ。
ということで、顔をしかめながら、ぼくとチェアマンは「楽天地」と書かれたオヤジ集合体、
WINSへと飲み込まれていったのです。

ガード下からの錦糸町駅。
西口は放置自転車の嵐。
どこがどうなってるのかわからないビル。
でも丸井だってちゃんとある。


渋い顔で歩道橋を渡る。
オヤジをかき分け向った先は…
競馬の殿堂「WINS」。勝ってやる。
またまぎれる。


競馬は久しぶりだ。ほんと何年ぶりだろう。ぼくは高校生から大学1年生くらいまで、
競馬をよくしていた。というかバイトもせずにそれで生活していた時期もある。
16歳から4年間、ダービーという競馬の祭典をいつも見に行っていたくらいだ。
またけっこう競馬は得意で、よく人のお金を増やしていた。あとはCDデッキ欲しいな
とか、ギター欲しいなとなると、よく競馬場に足を運んだものだった。そんなにばんばか
当たったわけでもないけど、たぶん収支でいえばプラスだと思う。でも競馬場には
よく行ったけど、場外馬券売り場というのは好きじゃなくて、1回も行ったことがない。
やはり「競馬場」というあのだだっ広い空間が好きで、馬券を買わずにぼーっと
芝生に寝転んで本を読んだりもしていた。でもお笑いをやり始めたり、バイトを
始めたりしているうちに、まったく競馬に興味がなくなってしまった。
だからここ3・4年は馬券を全然買っていない。うーん大丈夫だろうか。

さて、WINSに到着。また行った日がなんとG1レースの日で、ものすごい
人の数。人・人・人。っていうかオヤジ・おやじ・親父。むせ返る。
あの独特な負のオーラを体感しながら、馬券売り場へ。ここはなんと8階まで
全部が馬券売り場で、建物自体はこれでもかというくらい綺麗。しかし利用する人たちが
あんまり身なりを気にしない方々なので、どうしようもなくアンバランス。まー、でもみんな
目だけはギラギラしている。さぁさっそく馬券を買おう。新聞を読んでみる。
しかししばらく競馬をやっていなかったので、どれが強いのかさっぱりわからない。
馬券の種類も増えていて、馬の年齢の数え方までも変わってしまっている。
あーあ、わかんねぇや。それにしても息苦しいな。空気が淀んでいる。
早くここから出たい。えーっと、新聞を見る限り、1番人気の馬はあっさり切れそうだ。
これはたぶんこない。えー、8番「シンボリクリスエス」、この馬強そう。まだ3歳だけれど、
血統といいこれまでの成績といい、未知の魅力がある。あとは1番「ナリタトップロード」。
この馬もかなり強いだろう。あれれ、でもいろいろ絡んできそうなのがいるなぁ。
わっかんねぇなぁ。20点くらい買いたくなっちゃうなぁ。や!でもいかん。
男は一点勝負だ。ここは新馬券「馬単」で勝負だ。1着2着を順位通り当てなくては
いけないという厳しい馬券だ。馬が18頭いて1着2着を当てなきゃいけないんだろ。
おー、たぶんすごい確立だ。何分の何だろう。まぁいいや。よし!!「8−1」の一点買い。
1000円勝負。なんか人気が割れて難しそうだけど、今日の俺は冴えてるし、
むかしに培った競馬感もあるしね。1点でバシッと決めてやるぜ。
グッドラック!当たるといいね。

とりあえず赤ペンと新聞を買う。
むせ返る。
オヤジと共にタバコを吸う。
8−1の一点勝負!!


…と馬券を1枚買った頃にはあの雰囲気に疲れてくる。もうクタクタ。
あんまり長居するところじゃない。もう出よう出よう、とチェアマンと共に退散。
外のパチンコ屋で実況中継を見ることにする。でもみなさんパチンコしながら
競馬見ることもないじゃんねぇ。どっちかにすればいいのに。

さて、レースが始まりました。人が多くてレースの模様がまったくわかりません。
えーっと、4コーナーまわった!えーっと、ワイワイ言っている。
ん、8か?8が勝ちそうか?やべぇ、来たか?でも2着に1がこなきゃ
全然意味がない!えーっと?ゴール!!!!まったく結果わからず。
「んだよー岡部」(騎手の名前です)、「ったくふざけやがって」と愚痴をたれながら
そそくさと帰るみなさん。逃げ足は異様に速い。えーっと、VTR。8が堂々と勝って、
外から差してきたのは、あれ1?1だ。8−1だ。8−1ってさっき買ってたじゃん。
えー!!!当たったー!!!おいおい、やっちゃたよ。フィールドワークに
来たつもりがいつの間にやら馬券を買って、それも1点で当たってしまった。
これじゃあお前らただ遊びに行っただけだろ、ということになってしまう。
配当は…おー、40・2倍!!1000円買ったからなんと40200円!!
うわー、リアルな額ー。普通に当ててしまった。いちおうミラクルその2だ。
でもすげぇなぁ。まさか1点で当てるだなんて。うーん、何しに来たんだか。

パチンコ屋前での実況中継。
的中馬券。この紙が4万円に。
換金。
放心。


G1も終わり、みなさんものすごい勢いで家路を急いでいる。
もうWINS周辺は負のオーラどころではなくなっていて、疲弊オーラが充満している。
ぼくは勝ったというのに、なんだか負けた気がしていた。この「負け」の感覚は
なんだろうと思う。土日の錦糸町には、そういった街全体の「負け感」と「疲弊」が
いつも満ちているのだろうか?でもたぶんそうだよね。ぼくはたまたまラックだったけど
競馬なんてそうそう当たるもんじゃないもの。土日の錦糸町は、ハッキリ言って、
ものすごい空気です。勝ちと負け、金と生活。ちょっと恐ろしいくらい、人間の
よろしくない部分ががくっきり見えます。

さてさて、錦糸町をじっくり歩いてみる。フィールドワークもしなければ。
夕暮れも近づいて、徐々に寒くなってきました。大きな通りを歩き、一本入ったところに
公園発見。猿江恩賜公園です。夕暮れの公園もいいね、ということで歩いてみます。
うーん、広い。子供がぽつぽつ。飲み会もぽつぽつ。秋の夕暮れ公園。
座って一服していると、徐々にこの錦糸町という街の本質が見えてくる。

「さびしい」。それも絶対的に。暗示的に。決定的に。
ものすごくさびしい気持ちになってくる。それもこれは子供の頃に味わったことのある、
親との別れにも似たさびしさだ。せつないのではなくて、完全にさびしい。
なにが?なんだろう。目に映る景色や夕暮れもさびしさを誘っていたけど、
さびしさの語源でもある、「さびている」感じ、荒れていくさま、平安時代の
歌の中にある「いとさびし」という、あの感じのさびしさ。果てていくさびしさ、負けていくさびしさ、
飛び越えられないさびしさ、逃げられないさびしさ、こんなさびしさの渦が、胸に迫ってくる。
公園を、川の方へと歩いてみる。これがまた完全にさびしい。どうしようもなくさびしい。
ぼくは川面を見つめながら、溢れる涙をこらえ、さっき手にした4万円を川に捨てた。

わきゃない。

何かがさびしい恩賜公園。
川で泣く。
「金が何だぁ!」(捨てているフリ)。
放心。


公園を去り、錦糸町駅へと戻る。
もう夜がすぐそこまできている。駅前に戻ると、予想屋を大勢のオヤジたちが
取り囲んで反省会をしている。「2レースッ!!ここはなんといっても単で取らなきゃ
ダメ!もう鉄板もいいところなんだから、連だけ外さなきゃいいのっ。ねっ」
「まだやってるよ」とぼくらはみなさんを尻目に、錦糸町名物の飲み屋街を探す。
「もうさびしいけどさ、勝ったんだし飲もうぜ!」とやる気復活。
でも駅前をうろつくもなかなか見つからない。とここで、突然
「吉川さん!吉川さん!」と声を掛けられる。「はい?」と振り向くとメガネの女性が。
「こんなところで何をやってるんですか?」と聞かれたので、「いや、インターネット
の取材で…」、「あー、知ってる!街を歩くやつ!え、まさか今回は錦糸町なんですか?」
「えっー!?知ってるのぉ?あんなコーナー!!」、「見てます見てます!!」
なんと東京フィールドワークを知っている人に取材中初の遭遇。ミラクルその3。びっくりしたぁ。
もうここぞとばかり錦糸町のことを聞いちゃいました。なんと錦糸町にはこれといった
飲み屋街もないことが判明。あらら。完全なるイメージ違い。あんまりないんだ、飲み屋さん。
でもなんだかとても喜んでくれて、こっちもうれしかったです。でーもびっくりした。本当に。

なんだー飲み屋あんまりないのかぁ、と歩いていると「ふぐ」と書かれた看板が。
あれー、おかしいぞぉ。なんか食べる空気だぞぉ。まさか勝ったからって、ふぐ食べる
つもりじゃないでしょうねぇ。結局食べちゃいました。ふぐ刺しとか生ガキとか。
まぁ急にもらったお金だし、こうやって使った方がなんかいいだろうということで、
東京フィールドワーク5回目にして初めての「ふぐ」。もう意味がわからない。
「なんかさぁ、木久蔵師匠に会ってさぁ、4万円勝ってさぁ、急にさびしくなってさぁ、
これ読んでる人に偶然会ってさぁ、もう全然フィールドワークじゃないね。どっちか
というとストレンジ日和だね」とぼくが言うと、酔っ払ったチェアマンが「違うよ、
これぞまさに東京フィールドワークなんだよ。東京を歩いて起きた出来事の
ドキュメントなんだから。写真を見ればぜったい伝わるよ。これぞまさに東京フィールドワーク!
わかった?」となんだか立場が逆転しちゃってどっちが初めてかわからないような感じで、
熱い語りを繰り返しました。勝者と敗者について。お金について。錦糸町の運命性について。
あのわけのわからぬさびしさについて…。でも面白い1日だったことは間違いなかったのです。

もうすぐ夜の錦糸町。
ミキ子さんに出会う。
フィールドワーク恒例のビール。
まさか最後の写真がふぐ刺しとは…


ふたりとも酔っ払い、帰る。でも錦糸町駅前ではまだ予想屋の講釈が続いていた。
「9レースッ!ここは反省しなきゃダメよ。軸はこれで堅いの。でも13番が飛び込んで
くるってぇのはね、ある程度予想がつく!ね、岡部の5番人気はケツからまくる!これよ、これ。
覚えといてっ!!」

グッドラック、錦糸町!!
10年後、また運試しに行こう。