「巣鴨」の由来は、昔々その土地にあった大池に鴨が巣を作っていたことから巣鴨という地名が生まれたという説がある。街には石神井川、谷端川が流れ、多くの州や沼地があって葭が茂っており、その地形から州賀茂、菅面、州鴨とも呼ばれていたようだ。また、そもそも巣鴨という地域は広く、かつては現在の池袋の地域までを指していた。その昔は日本橋を出発して板橋の宿場へ行く街道の休憩所として栄えていて、その名残からか、今でも旧中山道沿いには約200店舗もの店が連なる、都内有数の商店街を形成している。現在の巣鴨は「おばあちゃんの原宿」として有名で、とげぬき地蔵には連日多くの人が詰めかける。豊島区巣鴨。人生の先輩たちが集う街。


東京フィールドワーク、第三回目は「おばあちゃんの原宿」の愛称で
親しまれている街、巣鴨です。一回目の月島、二回目の早稲田と、
わりと古めかしい江戸情緒溢れる文学臭い街へ行ってきましたが、
今回は街に集う人そのものが古めかしいわけで、これはもう三部作の
ラストというか、もう歴史の重みは十分わかったので、今回で古い街は
お腹いっぱいという感じがします。でもやはり歴史がない街はあんまり
グッとこないので(お台場とかね)また行っちゃうんだろうな。
昔はどんな街だったのだろうか、おばあちゃんやおじいちゃんの
若い頃はどんな感じだったのだろう、そんな夢想をしながら歩くと、
やはり楽しいのです。何の変哲もない住宅地で生まれ育ったぼくにとって、
巣鴨はやはりバリバリの異空間。浮いてる。完全に。嫌でも目立つ。
でもぼくは敢えて「浮き」に行きました。ここが今回のポイントです。
「いかに浮けるか」。「自分はどれだけヤングなのか」。
今回もイメージだけで訪れるため、前情報は頭に入れず、よし
「おばあちゃんの原宿」に飛び込んでやろう、また俺の若さみなぎる
躍動感を見せ付けてやろう、と意気込んで敢えて「浮き」に行ったわけです。
派手な帽子をかぶり、「俺は若人だ、文句あるか」と誰に啖呵を切るでもなく、
行ってきました、IN巣鴨。でも徐々にぼくは飲み込まれて行ったのです。
おばあちゃんの原宿に。その圧倒的で庶民的な生活臭に、ぼくの顔色も
だんだんといつも以上に白くなっていったのです。

まず山手線の「巣鴨」で降ります。池袋からだいたい5分くらい。
またこの日は「残暑丸出し」みたいないい天気で、水を早速買います。
駅を出て、地図を眺め、まず行くところはやはり「とげぬき地蔵」しかない
だろうということで、歩き出したのもつかの間、飛び込んでくるはなんと
ソープランド。出た、いきなりのイメージ狂い。巣鴨でソープランド?
全然違うなぁイメージと。いやだなぁ巣鴨ソープ。なんかおばあちゃんが
出てきて、ただ背中を流してくれるだけなのではないか?
ぼくは迷った挙句ソープは行かずに、そこらへんを歩いてみます。
しかしながらキャバレーとかラブホテルとかスナックが多くて面を喰らう。
まるで熱海に来てしまったようなトリップ感。違う、違うぞ。ここは本当に
巣鴨だろうか。巣鴨ってもっとライトなご老人の街じゃないのか?
かなりどきつい、どきついぞ。おかしいなと思って、パン屋のおじさんに
とげぬき地蔵までの道順を尋ねる。全然逆だった。
ぼくはいきなり巣鴨にカウンターパンチを食い、その懐の深さと
浅くて怪しいピンクさに、少しだけ引いた。いや、だいぶ引いた。

巣鴨駅前。大塚とか駒込とかと見分けがつかない。
いきなりのソープランド。1万5000円だって。
巣鴨はカットがなんと900円。安すぎて逆に怖い。


さて、やっとこさ地蔵通り商店街に着く。あー!!見たことある。
あのオレンジ色の文字。そしているいるおばあちゃん。おじいちゃん。
みんな一心不乱に買い物をしている。安い。下着とか、日用品とかが
もう安い。またこの商店街は異様に長い。結局最後までたどり着けなかった。
だって延々と仏具やらだんごやら帽子やらシミーズやらが並んでいて、
生活臭すぎるんだもの。

地蔵通り商店街。日用品の宝庫。
納戸をひっくり返したようなスーパー。
おもちゃ屋さん。

帽子シリーズその1。
その2。
その3。(これは完全なオタクだ)


さて中盤を過ぎたあたりでやっと見えてきます。小さなお寺が。
高岩寺というお寺で、その中にお目当てのとげぬき地蔵がいます。
とげぬき地蔵の由来は、昔々、間違って針を飲み込んでしまった女が
このお寺のお札を水とともに飲み、腹の中のものを全部吐き出してみたところ、
飲み込んだ針がお札を貫いて出てきて、あぁこれはすべてお地蔵さんの
おかげだということになり、今ではからだにある「とげ」(つまり悪いもの)を
出してくれる、またこころのとげまでも抜いてくれるのだそう。
ぼくはさっそくとげぬきさんの場所に向かい、ぼくのささくれ立ったこころの
とげを抜いてもらおうと、ちいさなお地蔵さんに会いに行ったのです。

みんながタオルでこすってるからまねをする。
おばあちゃんの猛進っぷりに、ちょっと引く。
引いたついでにおみくじを引いた。



おみくじを引き、いや、これは正確に言うとおみくじじゃなくて、「何月何日に
生まれた人」みたいなやつで、自分の生まれ持った性格を判断するもの。
すばり、「貴方の性格」ときた。よし、ここはもうあけっぴろげに公開してしまおう。
とくとご覧あれ、ぼくの性格!!




…だそうです。つっこみどころが山ほどあります。
どうやらぼくは狡猾な異性に簡単にだまされるようです。
同情心も薄いみたい。「ごう慢」、「独裁」、「虚栄」、「横柄」…。
まるでヒットラーみたいな人間です。でも最後の部分、
「報酬だけをあてにした働きには、感謝の心は起こらない」。
これは売れない若手芸人に対する励ましの言葉か!?
なんだか勇気がわいてきたぞ。そうだね、確かにそうだね。
お金がなんだ。報酬がなんだ。金がぼくにいったいなにを
与えてくれるというのだ。そうだそうだ、その通りだ。
…と言いながら経営者や実業家に向いてるんだってさ。
おい、どっちなんだよ、お地蔵さん!!(いや、お地蔵さんは悪くない)

と横柄な態度で小休止していると、いつの間にか周りをご老人に囲まれていて、
「あぁこれが巣鴨か」と我に帰る。そこには独特の間とコミューンが
出来上がっていて、どこにもいけない感覚と、どこにもいけない時間があった。
なにかがすでに止まっていて、人々がかたまったひとつの風景に見える。
つまりまた来ても、それぞれ人は違うのにまったく同じ風景に見えるのではないか?
そういう気がした。ぼくはいつものようにまぎれてみる。ぼくは浮いてるのだろうか。
いつかぼくだって、風景の一部となってきれいにまぎれ込んでしまうのだろう。
みんながみんないい顔をしながら、「人生はしんどいのぉ」という空気を発している。
腰の曲がったおばあちゃん。車椅子のおじいちゃん。みんながそこらじゅうで
挨拶をしている。人生の先輩たち。ここに集まっているということは元気の証よ、と
言わんばかりに、みなさんおしゃべりを楽しんでいる。ぼくは同行してくれた
後輩Oに尋ねる。「あの年になってもロマンスってあるのかねぇ」。
Oは困った顔をして「あるんじゃないっすか」とひと言。あるといいな、ロマンス。
「体が思うように動かないから、ある意味プラトニック・ラブだよね」とぼくが言うと
「そうっすね」とO。ちなみにOは女性だ。文字だけで書くとなんだか柔道部の
後輩みたいになっちったのでいちおう記述しておく。うら若き女性だ。
そんなことを話していると、なんだか気持ちが少しずつ疲弊していくのが
わかったので、少ししてベンチをたった。この時点ですでに「どっこいしょ」と
言っていた。そして再び商店街を歩く。「空前の2万曲」と書かれた
カラオケ屋を見つける。しかし「2万」のところがきれいに割られていた。
「そんなに曲数ねぇだろが!」と酔っ払ったおやじが割ったのかもしれない。
巣鴨にだって荒くれものはいるのだ。もしかしておばあちゃんが盛り上がった
ノリで叩き割ったのかもしれない。「イエーイ」とか言ってね。
巣鴨と聞くとなんだかもう終着駅というか、わりとおだやかでやさしい
空気がみなぎってると思いきや(もちろんそういう部分もあるけど)、
一方でソープランドや猛烈買い物バトル、割られた看板、延々と続く商店街、
地蔵を無心でこする人たちがいたりして、かなり強い生命力が感じられる。
とげぬき地蔵にとげを抜いてもらったからか、みなさん意外と元気はつらつだ。
商店街にはたらたらと生協みたいなインストが流れていたけど、パンクを
流したら意外とハマるかもしれない。クラッシュとかセックス・ピストルズが
とげぬき地蔵商店街にわんわん鳴っていたらおもしろいだろうな。
ただおばあちゃんたちにしたらばすでに耳が遠くなっちゃってて、生協の
インストとたいして変わらないかもしれないけど…。

そんなことを考えながら歩いていると、1分100円という看板を見つけた。
なんだろうと思ったらマッサージだった。「お、これは巣鴨ならではじゃないか!?」
と思い、5分間だけマッサージをしてもらう。なんだかこの時点でぼくは若人ではない。
知らぬ間に飲み込まれていた。足の裏がすんごく痛かった。

まぎれる。
空前の2万曲。
すんごい痛い。


5分揉んでもらっただけで疲れが吹っ飛んでしまった。生き返ったようだ。
どうやらぼくは健康らしい。ということでもうちょっと歩くべということになり、
地図を見て、「六義園」(りくぎえんと読みます)にいくことにする。
巣鴨というよりかは駒込に近くになるけれど、歩いて10分そこらだし、
なんだか気持ちがよさそうなので、プラプラ歩いていきました。

「六義園」というのは川越藩主・柳沢吉保さんが元禄15年(1702年)に
造ったでっかい日本庭園で、正式に言うと「回遊式築山泉水庭園」という
なんだか堅っくるしい感じになりますが、まぁ要は池があって茶屋があって、
昔は和歌を楽しんだり、移ろう景色を眺めたりしたんだと思います。
パンフレットには「豊富な緑と広い池がいろいろな野鳥を呼び寄せ、
ウグイス、メジロなどの留鳥や、マガモ、オシドリなどの渡り鳥も多く見られ
訪れる人々の目を楽しませてくれます」とあるのだけれど、行った日の
夕方にはカラスしかいなかった。もう「んあー、んあー」がうるさいうるさい。
また蚊も多い多い。ちょっと時期が悪かったかなと思ったけど、それを差し引いても
ここは名園ですよぉ。本気でいいところです。カラスの「んあー、んあー」さえ
なければ本当に静か。ここはね、デートにおすすめです。なんか無性に
君と話がしたいんだ、みたいなときにはいいと思います。どんなときだそれは。
でもあるでしょう。考えてみると「話し声がよく聞こえる」というのは都会では
けっこう貴重なんじゃないかと思います。だってさ、何かしら音がするでしょ、
外にいると。車や電車やビジョンの音。街に出て無音というのは、ほぼありえない。
騒音「○○ホーン」みたいな電光掲示板があるけれど、都会音というのは、
元気なときはいいけど、ちょっとたまらないときもありますね。
ちょっと話し声が小さいとすぐに「ん!?」と聞き返されてしまう。
でもここ「六義園」は本当に静か。声が通る通る。小声でもすごくよく聞こえます。
また吹上茶屋では抹茶とお菓子が楽しめて(500円)、これもすごく
おいしかった。お菓子とお抹茶ってあうのねぇ。びっくりしちゃったわ本当。
なんかおばちゃんくさいけど、抹茶の苦味と和菓子の甘味がこんなに妙味かと、
びっくりしちゃったわよ本当。食べ終わったあとは口の中が「プライブマイゼロ」
みたいになっていて、やるな日本人と思った。向こうが「肉!!」でくるならこっちは
「まっちゃ」だ。世界がテロ撲滅に向ってどかんどかんと、結局同じことの繰り返しを
しているのを見て日本は「追随」なんかせずに、カッコ悪くとも「ちょっと、まっちゃ」と
間に割って入る勇気を出して欲しい。その資格と義務が日本にはあるはずだ。
ぼくはまじめなことを言っているのか不まじめなことを言ってるのかわからなくなってきた。
でもそんな話を、日が暮れるまでやるには六義園はぴったりだと思います。
茶屋のおばちゃんによると、11月に入れば紅葉がとてもきれいで、夜はライトアップ
までされるのだそうだ。いつもは5時で閉まるところを9時まで延長してやっているとのこと。
またこの六義園に行った際には、ぜひ「藤代峠」という小高い丘に登ってみてください。
景色がよくてホッとします。またこの日はいかにも「不倫」という感じの50代くらいの
カップルが歩いていて、「藤代峠」からばっちりその行動が見渡せました。
だって夕方の4時とかにがらんとした六義園をうろついているなんて完全に怪しいもん。
もう異様な不倫オーラを発していました。でもまぁいいじゃない、そういうのも。

ということで六義園300円。巣鴨からだと15分。駒込からだと5分。
抹茶と不倫が似合う庭園です。しぶいぜ。抹茶だけに。


六義園入り口。地図で確かめる。
広大な池。
のんびり歩いて1周約30分。

抹茶をすする。
標高35メートルの藤代峠。
いつの間にやら駒込に着いた。


ということで最後は駒込に行き着きました。この巣鴨・駒込間は旧跡や庭園が
いろいろあって、地味に楽しめる街だと思います。また不倫をするのにはけっこう
最適なんじゃないかと思います。ご老人の街と見せかけておいて、実は違う。
人間は表面だけでは判断できない。愛想のよい社会的な顔、その裏に潜む強欲の
数々が、この街でも密かに炸裂しているのです。
A:「いや、もう別れるから、別れるから」
B:「だってあなたいつもそうじゃない、別れる別れるって何回言えば気が済むのよ」
A:「だからぼくらには時間の経過が必要なんだ、すべてはうまくいくから、僕を信じて」
B:「わたしをね、いつまでも待ってる女だって勘違いしないでよ、わたし、奥さんと会って話する」
A:「おい、なに行ってるんだよ、君と家内が会ったところで何も解決しないじゃないか」
B:「だったらいつまでわたしを放っておくのよ、あなたに奥さんと別れる勇気があるの?」
A:「あるよ。あるさ。だから今日はこうやって君と会ってるわけじゃないか。それが
   ぼくにとっての勇気のあらわれだよ」
B:「そうやっていつもわたしをだまして…」
A:「だからほら、今日は家に帰らない。決めた!今日は帰らないよ。よし、そうなったら
   あそこに見えるラブホテルに泊まろうじゃないか」
B:「まったくあなたったら、やり手は仕事だけじゃないのね」
A:「ふふふ、今日はとことん燃えてやるぞ」
B:「もう、丸の内と巣鴨じゃあなたの目つきが大違い」
A:「こーいつー」
B:「きゃははー」
A:「おまえー」
B:「ふへほー」  
A:「うひひー」
B:「はへほーい」  

…あ、すみませんお地蔵さん、ぼくのとげがまだ抜けていないようなんですが。