All Pages |  1  |  2 

そしていま39時間ぶりに

2005 05,14,Saturday

たしかこのまえ食事したのが昨日の朝の5時で、セブンイレブンの「さくらえびおろしそば」かなんかだった。それは24時間ぶりの食事だった。だからその前に食べたのはおとといの朝5時で、そのときはセブンイレブンの「やまかけそば」を食べたのだった。長時間何も食べないでいると、いきなり重たいものは食べられないので、そばの連鎖になってしまったというわけだ。水曜日の夜に食べたラーメンが、もはや一年くらい前のことに感じられる。こわい。

そしていま39時間ぶりに、食べた。

こんなにおいしいセブンイレブンの「ひやしたぬき」を食べたのは生まれてはじめてのことだった。

food 2005,05,14,Saturday
comments(0)

ジャワティ

2005 04,30,Saturday

2000ml.gif

酒を飲むのをやめてから2ヶ月くらいたったわけですが、って、まあ、まったく飲まないってわけじゃあなく、居酒屋に行ったら飲むし、お花見のときには飲んだし、バーベキューでも飲んだりはしていたわけですが、日常的に酒を飲む、という習慣はこれ、3月に入ったあたりからまったくやめにしたわけです。なんでだっけな。忘れた。飽きたのかな。でもとにかく、飲むのをやめた、と。じゃあその代わりになにを飲んでるのだ貴様は。っていうと、これ、なにを隠そうジャワティです。ジャワティどこに売ってんだよ。と以前から思っていたわけですが、見つけたんですね。近所のスーパーで。2リットルのやつ。前はなかったと思うんだけどね。しかもこのスーパー、会員になると会員価格というやつでものを買うことができ、なんとジャワティ2リットル、202円なわけです。安。でね、だいたいこの2リットルを2日で飲み干すよ。俺。もうスーパーに行くたびに喜んで買って帰ってくるわけなんですが、そんだけ飲んでるのに、もう飲むたんびに、うまい!と感動しておるわけです。うめえ。と実際声に出していうわけです。いやあ本当にうまいよ、これ。ジャワのティ。ジャワのティ。ジャワのティ。と意味もなく3回繰り返すくらいだよ。いつかジャワに行った暁には本場のジャワのティをしこたま飲んでみたいなあ。とか、まったく思わないよ。これでもう完璧。しかも先日、牛乳を飲んでは腹を壊す。ということを繰り返していたぼくの、主に腸のあたりを慮ってか、「ジャワティに入れたらええやないの。牛乳」という意味のことを標準語でグリコさんはいい、なるほどそいつは名案ってんで、さっそくこのパーフェクトなドリンクに牛の乳を混ぜて飲んでみたところ。うまっ。さらにうまっ。となって、それからはふつうのジャワのティとジャワのミルクティを交互に飲んでいるよ。俺。いやあ。マイドリンクが決まるというのはいいものだなあ。

food 2005,04,30,Saturday
comments(11)

tialence

2005 04,08,Friday

tialence」を食べました。見るからに高級感の漂うヨーグルトです。これ、凍らしたらハーゲンダッツになるんじゃないかな。とでもいったようなパッケージ。まずはマンゴーの方を食べてみましたよ。最近はよく、というか毎日ヨーグルトを食べていて、いつもは明治ブルガリアヨーグルトの「LB81低糖」というやつを食べているのですが、今日はちょっとたまには違うものをと思い、あ、そういえば。てなわけで「tialence」にしたというわけなのです。CMが印象的だったのですね。ジェマ・ワードさんというモデルさんだそうですよ。ぼくがCMの映像と商品をきちんと関連づけて覚えていられたなんてとんでもなく珍しいことです。と思ってサイトの方で今CMの映像を見てみたんですが、まるで覚えがありませんね、これ。はじめて見たみたいな感じ。どうやら女の子の顔しか記憶していなかったみたいだ。ということは、このCMがヨーグルトのCMだったってことをぼくは買う時点では知らなかったわけで、じゃあどうやってこれをコンビニの棚から選んだのか、すべては謎に包まれてしまいました。迷宮入りです。いったい、いつ、あの女の子の顔とヨーグルトが結びついたのでしょうか?おそらく事実はこういうことなのだと思われます。まずなんらかの偶然により「tialence」を買ってきた。食べた。それについて「何か書くか」と思った。サイトにアクセスした。そうしたらCMで見かけた女の子の写真があった。ああ、あのCMはヨーグルトのCMだったんだ。とはじめて気づいた、と。それなのにいざ何か書く段になったら、「CMが印象的だった」とか「ぼくがCMの映像と商品をきちんと関連づけて覚えていられたなんてとんでもなく珍しいことです」などといった記憶の改変が行われてしまったのです。でももう大丈夫!すべては明るみに出たのです!これで安心して食べた感想を書くことができます!それでは感想の方を。えーと。これ、プチダノンですね。といってもプチダノンなんてもう何年も食べてないわけでして、記憶の中のプチダノンに過ぎないわけですが、でももっと水分が少ない感じかな。そしてなめらか。これはもうヨーグルトというよりは、フルーツの入ったクリーム。みたいな感じだなあ。感想の方が短かったなあ。

food 2005,04,08,Friday
comments(8)

雑煮で餅14個

2005 01,02,Sunday

雑煮で餅14個。

food 2005,01,02,Sunday
comments(0)

牛角の天使

2004 12,10,Friday

ひさしぶりに焼肉屋に行ったが、肉をあまり食べなかった。すごく愛想がよく気っぷのいい感じの肝っ玉母さんみたいな店員さんがいて、感心したのだが(ビールが減っているのを見ると「もう一杯お持ちしましょうか!」と声をかけてくれる。まるでおごってくれるみたいに!)、ぼくたちが店を出るときにその店員さんは仕事を終えて家に帰るところで、なんと彼女は女子高生だった。制服を着ていた。びっくり。ああいうのは一種のというか立派な才能で、飲食店の精のようでした。牛角の天使。高校生にしておくのはもったいない。

food 2004,12,10,Friday
comments(0)

たこ焼きを20個

2004 12,06,Monday

銀だこのたこ焼きを20個食べた。さすがに気持ち悪い。

food 2004,12,06,Monday
comments(0)

カレーを食べた

2004 12,04,Saturday

カレーを食べた。おかわりもしました。

food 2004,12,04,Saturday
comments(0)

食事にけりをつけるための最終手段

2004 08,04,Wednesday

もう何年も食べていないものってありますよね。嫌いだからとか、高価すぎてなかなか手が出ないとかじゃなく、別に食べようと思えばいつだって手軽に食べられそうなのに、もう何年も食べていないもの。いやいやそんな食べ物はいくらだってあるに違いない。もう何年も食べていないということさえ忘れているくらい、もう何年も食べていないものはたくさんあることでしょう。だからこういい換えます。もう何年も食べてなくて、最近無性に食べたいもの。それはなにを隠そう「味噌汁かけごはん」です。別にプロポーズしてるわけじゃあないですよ。きみの味噌汁かけごはんが一生食べたいなぁ。ぼかぁ。なんて誰もいったことがないに違いないし。なんであんた味噌汁かけるのよ!なんて怒られそうだし。とにかく味噌汁かけごはん。最後に食べたのはいったいいつだろう。みなさん最近食べました? というか「味噌汁かけごはん」の正式名称はなんだろうかね。味噌汁ぶっかけ飯? 味噌汁ごはん? 汁ごはん? ねこまんまかな。とにかく、ねこまんまを犬食いしたい! と近ごろは思っていたのです。

なんだか最近は正式名称のある食べ物しか食べていない、という気がします。工業製品としての食べ物には恐ろしいほどきちんと名前がついていますよね。狭い棚の上で生き残れる商品であるためには、あるいは写真つきメニューの上で消費者に識別され明瞭に発音されるためには、曖昧な名前はただちに退けられ表記の揺れは統一され、シールのラベルに記された全国共通の名前、カロリーとともに記された名称だけがPOSシステムに計上されるこの世界。みなさまいかがお過ごしですか。この周辺のコンビニではぼくの実家の近くの工場で作られたおにぎりやサンドイッチが売られていて、なんだか不思議な気持ちになってしまいます。もしかしたらこれ、ぼくの同級生が作ったものかもしれない。あの半透明の手袋をつけて。なんて思うとなんだか食欲も一気に減退してしまうものですね。

昔、まだ小さかったころ、大人たちの食べるおかずが口に合わないときや、食べられるおかずが少なかったときや(昔は好き嫌いがいっぱいあった)、食卓のおかずが残り少なくなったときや(ぼくはものすごく遠慮がちなこどもだった)、あんまりお腹が空いてないときやなんかに、いわば奥の手としてぼくはごはんに味噌汁をかけました。それはいってみればあまり乗り気ではない食事にけりをつけるための最終手段だったのです。ウルトラマンのスペシウム光線や、水戸黄門の印籠のようなもの。いやいやそんな大それたものではなく、ごくごく小さな最終手段。窮鼠猫をかむ、というような。電波が届かないので携帯を振ってみる、というのは、あれ嘘ですよね。

いまとなってはまったくどうしてなのかわからないのですが、ぼくにとって白いごはんは食事における最大の課題でした。さまざまなおかずの手を借りて、どうにかやっつけなければならない敵。それが白米だったのです。でも決して米が嫌いだったわけではありません。ぼくは炊き込みごはんが異様に好きなこどもでしたから。あとドリアとか。赤飯とか。それはきっとおかずの手を必要としていなかったから、に他ならないのですが、いまにして思うに、ぼくの母親の作る食事には、なんというか「米を食べ進めさせるためのおかず」というコンセプトがあんまりなかったのだと思うのですね。米を食べたらおかずを食べたくなり、おかずを食べたら今度はまた米を食べたくなり、米を(以下略)というような連携、1+1が2にも3にもなるようなコラボレートがなされていなかったような気がするのです。6-4-3のダブルプレー的な、飯もおかずもすっきり完食、という料理ではなかった。ノーアウト満塁時にとりあえず一人ずつホームでアウトにしていくようなタイプの料理だったのです。この喩えが成功しているとは思いませんし、なんでも野球に喩えるのは男子の悪い癖だし、いつでもどんな料理でもそうだったというつもりはありません。決して料理が不味かったとも思いません。でもそこには確かにひとかけらの魔法が欠けていて、それはその後、ぼくに料理を作ってくれた何人かの女の子たちが、それこそみんな持っている種類の魔法だったのです。とここまで書いてくれば答えは自ずと明らかになってきてしまいました。そう、それはたぶんぼくの側の問題だったのです。

ぼくはいつでもご機嫌で、家族みんなで食事できることが人生の最重要事。なイタリア人みたいなこどもではありませんでした。残念ながら。ぼくは小さいころはいつでも不機嫌で、近頃は本当に愛想が良くなったものだと自分を褒めて上げたいくらいなものですが、とにかくなんでか知らないがみんなで楽しく食事できるなんて気分ではなかったのです。自分で思い出してみる限りでは。ですから「味噌汁かけごはん」とは、はっきりいって、その回の食事に対する異議申し立ての意味がこもっていたのですね。あのさ。ちょっと味噌汁かけるよおれ。いやかけたくはないよおれだって。でもしょうがないよ。だってかけるしかないじゃないこの状況じゃ。とでもいうような。でもそんなこと親は知らなかったに違いない。でもぼくはそう思ってもいた。それはある意思表示であり、その主張の一環として速やかに食事の席から離れることもできるという手段だったのです。ごちそうさま。とただいいたいだけの食べ方。

で、ひさしぶりに実家に帰ったわけですよ。味噌汁かけごはんを食べてやる、という熱い思いを心の奥に秘めつつ。ああしかしなんということでしょう。ぼくの念願が叶うことは決してありませんでした。なぜならめくるめく「非白いごはん」のオンパレードだったからです。カレー、焼きそば(お祭りのとインスタントの)、冷やし中華、パン、鰻丼。味噌汁が出たのは鰻丼のときだけでした。というか本当はすっかり忘れてたんです。味噌汁かけごはんのことを。

food 2004,08,04,Wednesday
comments(0)

マイドリンク指定のためのマイコンビニ指定

2004 07,29,Thursday

お茶。烏龍茶。お茶。烏龍茶。にします。ぼくは。みなさんはどうですか。なに飲んでますか。暑いですからね。水分はちゃんと摂らないといけませんよ。ひとりでは一切のアルコール類を飲まない。というしばりを黙々と実行してるわけですが、そうするとですね、一日のクライマックス的ドリンク、クライマックス・ド・リンクともいうべき、び、び、ビールを飲みはじめる夕方もしくは夜に向けてそこはかとなく水分を控えつつ暮らす。という自作自演ストイック&カタルシスからは解放されいつでも好きなときになに飲んでもいいという状況が生まれるわけです。そこで。なにを飲むのか。という問題がこれはもう急浮上してくるわけだ。毎度リンク(マイドリンク)をどうするのか問題です。ぼくはいくつもの毎度リンクを失ってきたよ。ぼくはぬけがらだけおいてきたよ。というわけでこれまででいちばんのマイドリンク(あれ急に変換された)ブーム(ぼくはぬけがらだけおいてきたよ。はここにかかっているわけだ)を、もといマイブームドリンクを発表します。と思いましたがど忘れしました。アサヒのなんだっけな安室奈美恵がコマーシャルやってたやつ。赤い文字の。地味な。oneか。oneだ。もう味が思い出せないや。でもあれはおいしかった。高校のときかな。というわけで、マイナードリンクを好きになるとつらいのですね。ただでさえあっというまに商品が棚から消えゆく昨今、うかつにマイドリンク指定すらできない状況です。マイドリンク指定のためにマイコンビニ指定しなきゃいけなくなったりするわけです。マイドリンク指定のためのマイコンビニ指定。そんなのなんだかめんどくさい。誰だってそう思います。どうして紙パックの500mlのネクターはファミマにしか売ってないのだ。とか。メローイエロー復刻。とか。メローイエローはぼくのなかであまりにも美化されすぎていたのか、なんかがっかりすらしてしまったのですが(おいしいんだけど)、もういいや。メジャーどころで。という風にどうしてもこれなってしまいますよ。と頭ではわかっているのですが、もうそういう体質が染みついているのですかね。マイナー体質が。あろうことかジャワティーに手を出してしまいました。たぶん中学生以来で飲んだよ。おいしい。でもどこに売ってるのよ。ampmならどこでも売ってるの? 調べたら2リットルのも出てるんじゃん。見たことないよ。というわけでめんどくさいから暗い部屋で一人テレビは消したまま。って真っ暗じゃん!でお馴染みの伊右衛門さんに落ち着きつつ暑さで頭がやられつつ、でも緑茶の合間に烏龍茶を挟んだ方が飽きが来なくていいや。と遅ればせながら今日気がついた次第です。二足交互に履いた方が靴は長持ちする。みたいな感じで。でも基本的にはぶどうジュースが好きです。

food 2004,07,29,Thursday
comments(0)

この夏初めての冷やし中華

2004 07,12,Monday

部屋のいたるところに死んだ羽虫が落ちているのだった。それは何日か前から知っていることだった。今日やっとのことで重い腰を上げ、ようやく部屋の掃除をする気になったのだ。掃除機で一匹吸いこむとまた一匹、というように羽虫の死骸は床の上のいたるところで見つかった。ここにも。またここにも。またまたここにも。というような具合に不規則に点在して死んだ羽虫は見つかった。ランダム性が描く死骸の布置は、厄介極まりないことに、痒いところに手が届かない、といった風情でまさしく無規則に散らばっていたし、不思議なことに一度掃除機をかけたはずの場所にまで再度見つかったりもした。見つけてしまうたびにうんざりしながら掃除機で不器用に一匹ずつ吸いこんでいった。見つけてしまった以上はどうしたって駆除しないわけにはいかなかった。床やテーブルの上や肘掛けいすなど、この部屋のあらゆる表面という表面が大量に噴霧されたはずの殺虫剤でいまだべたついているような気がしたが、これは自らの汗のせいなのだと思いたかった。予想以上の殺虫剤の効果、目を見張るばかりの殺傷能力は、心理的にあらゆるこの部屋のべたつきを皮膚という皮膚から回避させるのに十分で、なんだかこの部屋にいるだけで少しずつ自分にまで殺虫剤の効果が及んでしまうのではないかというような、いささか不安で不健康な気分に駆られもするのだった。かといって必要以上に入念に、神経質なほど丁寧に湿らせた布でテーブルの上を拭えば、羽虫の羽の部分だけが何枚も見つかったりした。それは一度気づいてしまうとどういうわけか途端に目につくようになる種類の物質だった。それはなにかほかのものと見間違うということがなかった。どこからどうみても羽虫の羽にしか見えなかった。真っ白なテーブルの上にもうなにも見つけられなくなっても、それでもまだどこかしらべたついているような気がして、これは本当に汗なのだと思いたかった。

網戸に引っかかって死んでいる羽虫は苦労して掃除機で吸いこもうとしても無駄だった。おそらくは網戸に吹き付けられた殺虫剤によって、網戸の向こう側で死んでいるためだった。向こうからこちら側に侵入しようとして叶わず、あるいは網戸に張り付いているあいだに動けなくなりついに最期の時を迎えた羽虫たちは、密漁に使われるカスミ網に絡まってしまった可哀想な野鳥のようだった。羽や足が網の目に引っかかるのか、こちら側からはどうしても掃除機の吸引力では吸いこむことができず、だとすればこちら側で死んでいる羽虫はどうやって部屋のこちら側に侵入したのか説明がつかないではないかとも思ったが、それは個体差によるものかもしれなかった。一部の羽虫は網の目を通り抜け、一部の羽虫は網の目に引っかかったのかもしれなかった。いやそんなことはないはずだった。網戸のあの細かい網の目を抜けられた羽虫など一匹もいなかったはずなのだ。どこかに隠された抜け道が存在していたとしか考えられなかった。あるいは窓が、小さな秘密のように少しだけ開いていたのかもしれなかった。

死骸の量は網戸の真下がいちばん酷かった。本当に酷かった。見たことも感じたこともない死の気配がそのあたりからは漂っていた。その量は明らかに多すぎた。この部屋の窓はスライド式の窓ではなく、ドアのように奥の方に向かって開くタイプのものだった。窓を開いた後で、部屋のこちら側にあって上下にスライドする網戸を閉めることができる、というタイプのものだった。だから網戸と窓ガラスの間にあるサッシの窪みに夥しい数の羽虫が折り重なるようにして死んでいた。殺到、ということばが実に相応しい様子だった。バーゲンの日のデパートの開店時や、ラッシュアワーの電車が駅に到着しドアが開いたとき、あるいは崩壊するビルから群衆が逃れようとするときのように、風船に穴が空きその一点から空気が漏れ出てゆくときそっくりの勢いで羽虫は部屋の中に侵入しようとしていた。そしてそのほとんどすべてが死んでいるのだった。侵入に成功した数少ない羽虫たちも、余計に高濃度の殺虫剤で床の上に点在し息絶えているのだった。

こんなにもたくさんの羽虫を一度に目にしたのはおそらくこれが初めてのことだった。しかもそのすべてが死んでいた。背筋が寒くなるくらいの数の羽虫は掃除機では簡単に吸いこむことができなかった。予想ではもうすでにからからに干涸らびており、実際見た目もそのように見え、これならいともたやすく掃除機で吸いこめるはずだと思いこんでいたのだが、思った以上にべたついているようだった。これは殺虫剤のせいなのだと気づいたのはかなり時間がたってからのことだった。だが数日前のあの日だけ、どうしてこんなにもたくさんの羽虫がこの部屋に侵入しようと目論んだのかについてはまったくもって謎だった。あれから羽虫など一匹たりともやっては来ないのだ。何百匹もの羽虫の死骸をすべて掃除機で吸い込むと、Tシャツの胸のあたりがうっすらと汗でにじんだ。

大量虐殺の現場をすっきりと片づけたことで、おれはどこかしら敬虔な気持ちになった。部屋の掃除が終わると、今日こそは昼飯を食べるべきなのではないかと思い、早速着替えて外に出た。15分ほど歩いて商店街のはずれにある本屋に行き、本を一冊買ってから戻るような形で定食屋に入り、この夏初めての冷やし中華を食べた。店員の中国人は明らかに声が大きすぎ、店内は明らかに冷房が効きすぎていて、外にいた時は冷やし中華が適当だと思われたのだが、注文した料理を待っている間にふつうの温かいラーメンの方が良かったのではないかと後悔するほど店内は寒かった。

food 2004,07,12,Monday
comments(0)

前のページへ次のページへ
All Pages |  1  |  2