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食事にけりをつけるための最終手段

2004,08,04,Wednesday

もう何年も食べていないものってありますよね。嫌いだからとか、高価すぎてなかなか手が出ないとかじゃなく、別に食べようと思えばいつだって手軽に食べられそうなのに、もう何年も食べていないもの。いやいやそんな食べ物はいくらだってあるに違いない。もう何年も食べていないということさえ忘れているくらい、もう何年も食べていないものはたくさんあることでしょう。だからこういい換えます。もう何年も食べてなくて、最近無性に食べたいもの。それはなにを隠そう「味噌汁かけごはん」です。別にプロポーズしてるわけじゃあないですよ。きみの味噌汁かけごはんが一生食べたいなぁ。ぼかぁ。なんて誰もいったことがないに違いないし。なんであんた味噌汁かけるのよ!なんて怒られそうだし。とにかく味噌汁かけごはん。最後に食べたのはいったいいつだろう。みなさん最近食べました? というか「味噌汁かけごはん」の正式名称はなんだろうかね。味噌汁ぶっかけ飯? 味噌汁ごはん? 汁ごはん? ねこまんまかな。とにかく、ねこまんまを犬食いしたい! と近ごろは思っていたのです。

なんだか最近は正式名称のある食べ物しか食べていない、という気がします。工業製品としての食べ物には恐ろしいほどきちんと名前がついていますよね。狭い棚の上で生き残れる商品であるためには、あるいは写真つきメニューの上で消費者に識別され明瞭に発音されるためには、曖昧な名前はただちに退けられ表記の揺れは統一され、シールのラベルに記された全国共通の名前、カロリーとともに記された名称だけがPOSシステムに計上されるこの世界。みなさまいかがお過ごしですか。この周辺のコンビニではぼくの実家の近くの工場で作られたおにぎりやサンドイッチが売られていて、なんだか不思議な気持ちになってしまいます。もしかしたらこれ、ぼくの同級生が作ったものかもしれない。あの半透明の手袋をつけて。なんて思うとなんだか食欲も一気に減退してしまうものですね。

昔、まだ小さかったころ、大人たちの食べるおかずが口に合わないときや、食べられるおかずが少なかったときや(昔は好き嫌いがいっぱいあった)、食卓のおかずが残り少なくなったときや(ぼくはものすごく遠慮がちなこどもだった)、あんまりお腹が空いてないときやなんかに、いわば奥の手としてぼくはごはんに味噌汁をかけました。それはいってみればあまり乗り気ではない食事にけりをつけるための最終手段だったのです。ウルトラマンのスペシウム光線や、水戸黄門の印籠のようなもの。いやいやそんな大それたものではなく、ごくごく小さな最終手段。窮鼠猫をかむ、というような。電波が届かないので携帯を振ってみる、というのは、あれ嘘ですよね。

いまとなってはまったくどうしてなのかわからないのですが、ぼくにとって白いごはんは食事における最大の課題でした。さまざまなおかずの手を借りて、どうにかやっつけなければならない敵。それが白米だったのです。でも決して米が嫌いだったわけではありません。ぼくは炊き込みごはんが異様に好きなこどもでしたから。あとドリアとか。赤飯とか。それはきっとおかずの手を必要としていなかったから、に他ならないのですが、いまにして思うに、ぼくの母親の作る食事には、なんというか「米を食べ進めさせるためのおかず」というコンセプトがあんまりなかったのだと思うのですね。米を食べたらおかずを食べたくなり、おかずを食べたら今度はまた米を食べたくなり、米を(以下略)というような連携、1+1が2にも3にもなるようなコラボレートがなされていなかったような気がするのです。6-4-3のダブルプレー的な、飯もおかずもすっきり完食、という料理ではなかった。ノーアウト満塁時にとりあえず一人ずつホームでアウトにしていくようなタイプの料理だったのです。この喩えが成功しているとは思いませんし、なんでも野球に喩えるのは男子の悪い癖だし、いつでもどんな料理でもそうだったというつもりはありません。決して料理が不味かったとも思いません。でもそこには確かにひとかけらの魔法が欠けていて、それはその後、ぼくに料理を作ってくれた何人かの女の子たちが、それこそみんな持っている種類の魔法だったのです。とここまで書いてくれば答えは自ずと明らかになってきてしまいました。そう、それはたぶんぼくの側の問題だったのです。

ぼくはいつでもご機嫌で、家族みんなで食事できることが人生の最重要事。なイタリア人みたいなこどもではありませんでした。残念ながら。ぼくは小さいころはいつでも不機嫌で、近頃は本当に愛想が良くなったものだと自分を褒めて上げたいくらいなものですが、とにかくなんでか知らないがみんなで楽しく食事できるなんて気分ではなかったのです。自分で思い出してみる限りでは。ですから「味噌汁かけごはん」とは、はっきりいって、その回の食事に対する異議申し立ての意味がこもっていたのですね。あのさ。ちょっと味噌汁かけるよおれ。いやかけたくはないよおれだって。でもしょうがないよ。だってかけるしかないじゃないこの状況じゃ。とでもいうような。でもそんなこと親は知らなかったに違いない。でもぼくはそう思ってもいた。それはある意思表示であり、その主張の一環として速やかに食事の席から離れることもできるという手段だったのです。ごちそうさま。とただいいたいだけの食べ方。

で、ひさしぶりに実家に帰ったわけですよ。味噌汁かけごはんを食べてやる、という熱い思いを心の奥に秘めつつ。ああしかしなんということでしょう。ぼくの念願が叶うことは決してありませんでした。なぜならめくるめく「非白いごはん」のオンパレードだったからです。カレー、焼きそば(お祭りのとインスタントの)、冷やし中華、パン、鰻丼。味噌汁が出たのは鰻丼のときだけでした。というか本当はすっかり忘れてたんです。味噌汁かけごはんのことを。

2004, 08, 04, Wednesday

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