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本をいっぱい買う気分

2004 10,25,Monday

夕方、池袋へ。今日は本をいっぱい買う気分なので電車代をけちって自転車で。リブロで大塚英志『物語消滅論』、橋本治『二十世紀』(上)(下)。クラブオンカードでポイントを溜めているので、できればリブロで買いたいのだがどうもリブロは品揃えがよろしくないのでいったんジュンク堂へ移って、カルヴィーノ『レ・コスミコミケ』。藤井貞和『物語理論講義』と田中小実昌『ポロポロ』を買おうとおもっていたことをおもいだし、ジュンク堂で買っちゃおうかとおもったが、せこいのでリブロへ戻って買おうとおもったら、『ポロポロ』は売り切れてるし、『物語理論講義』はどこに置いてあるのかまったく見つけられないのでだんだん頭に来て意地になり、最終的には見つけたけど買わなかった(ってなにやってんだ)。ブックオフで『文學界』9月号。さっそく『二十世紀』から読み始めたが、橋本治は本当に親切で頭がいい人だなあ。こういうのを高校生くらいのときに読みたかった。二十世紀がどんな100年だったのかが丸わかりの一冊。編年体のコラムで、極めて明快です。10時頃いったん寝て、1時頃起きてから朝まで読書。『二十世紀』(上)を読み読み終わってから寝た。まったく息継ぎをしないで25メートルプールを潜水で何往復もする夢を見た。

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すかさず。なんだかんだいって、けっこうわくわく

2004 09,07,Tuesday

朝、グリコさんを駅へ送りがてら本屋へ。村上春樹の『アフターダーク』買う。本屋のおじさんが段ボール箱から取り出して一時的に棚に置いたところを見計らってすかさず。なんだかんだいって、けっこうわくわくしているわけです。スーパーで87円のカップラーメンを2つ、焼きそばを2つ買う。安い。『アフターダーク』、帰って一気に読んだ。こんなに一気に本を読むのはひさしぶりだなあ。

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今夜、すべてのバーで/中島らも

2004 07,31,Saturday

中島らも追悼読書を終えました。そして酒を飲みはじめました。

「教養」のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない。「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある。(『今夜、すべてのバーで』)

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特別な本屋

2004 07,26,Monday

潰れた青山ブックセンターに行ってきた。正確にいえば、あの途中でいったん途切れるエスカレータを下り、店の前に貼られた閉店のお知らせを見てきた。ぼくにとってこの本屋は特別な本屋だった。それは置いてある本がほかの書店と違うとか、だからここでしか買えない本があったとかいうことではなく、ただ単に立地条件の問題だ。あの奇妙に奥まった場所の、地下へと下りてゆく行為が、なにか儀式のように作用していたように思う。現実から隔離されたような一画で、いつでもあの本屋は静寂に包まれていたような印象がある。だからほかの本屋に売っているのと同じ本でも、まるで違う本のように見えた。そこにしか売っていないように感じられた。たとえばジュンク堂やリブロや紀伊國屋やブックファーストでそういう風に感じたことはないし、新宿ルミネ店でも感じたことはないから、青山ブックセンターの青山店が、やはり特別な本屋だったのだ。そしてぼくはあの店で本を一冊でも買ったことがあっただろうか。不思議とあまり買ったという記憶がない。いや、平積みされていた阿部和重の『インディヴィジュアル・プロジェクション』をジャケ買いしたのはここだったかもしれない。大竹伸朗の画集を買ったのもここだったかもしれない。だが、訪れた頻度に較べて、あまりにも買った本の数が少なかったことは間違いがない。なぜなら、ぼくはいつもこの本屋で本を選ぶことができなかったからだ。欲しい本が見つかりすぎて、散々悩んだ挙げ句、結局、一冊も買わずに帰るということが圧倒的に多かった。そう、この本屋はなにか買いたい本が決まっているときに行く本屋ではなかった。新しい領域に一歩踏み出したいような気分のときに、偶然の出会いを求めて訪れる本屋だった。そしてそのような場所では本を買う必要さえなかったのかもしれない。そこに新しい世界が確かに広がっているのだと感じられるだけでよかったのだ。地面の下のひっそりとした場所に、新しい世界への秘密の通路が開かれているのだ、と。もちろんぼくはただ夢を見ていただけなのかもしれない。ありもしない新しい世界を頭の中に作り上げていただけかもしれない。でもその場所はそのように機能していたし、ぼくにとってはそういう場所が必要な季節だったのだ。ということを今日ひさしぶりに思い出した。ぼくがこの本屋を最後に訪れたのは確かバロウズが死んだ年で、それはもう7年も前のことなのだ。

book 2004,07,26,Monday
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完璧な病室

2004 05,17,Monday

明け方、グリの叫び声で目覚める。一瞬なにが起きたのかわからず、こっちまで叫び声を上げてしまう。またもやブロスがやって来たのだった。あんまり変な時間に来ないで欲しい。昼はまたもカップヌードル。ところで、チキンラーメンの売り上げが過去最高なのだそうだ。どうしてなのかは知らないが、チキンラーメンは小さい頃から大好きだ。ネーミングがすばらしいと思います。

小川洋子『完璧な病室』と『新潮2月号』の「海」を読んだ。『完璧な病室』はおそらくデビュー作品集。どうやらぼくの印象は間違っていなかったようで、初期の作品にはそれほどファンタジーっぽさを感じない。ところで、小川洋子はそもそも病気の弟を見守る「病室」から出発したのであり、それが「闘病記録」となるのは当たり前の話だった。それは正確な意味で闘病記録と呼べるものではないにしろ、「生の側にいる人間が死へと移行しつつある人間を観察すること」が書くことの基本的なスタンスであるということはいえるだろう。いいかえれば、小川洋子において、書くことは弔うことに等しい。だからこそ、死への不可逆性が充満しているという意味で「病室」は「完璧」な空間とされるのであり、それに抗う場所として「台所」や「食べること」という行為が嫌悪されさえするのだ。だが本来、「病室」とは回復するための場所である、ということを考えに入れるのならば、「小説」こそが「病室」なのだというアナロジーがここで得られる。死者をも癒す場所としての「小説」。「病室」において果たされなかった病の治癒が「小説」においてなされる。読みを通じてわれわれは黄泉の国へと赴き、死者の蘇りを促すのだ。それは結局、誰もがあらかじめ死を宣告されている者としてある人間を、死の恐怖から救い出すことへの試みであるともいえるだろう。芸術とはそもそもそういうものではなかったか。われわれが死んでからもなお哀しむべきことなどひとつもない。誰かが生き残り、それを覚えてくれてさえいれば、われわれはいつでもかつていた世界へと召還されるのだ。小川洋子の小説にはおそらく二種類の話がある。医者が患者を癒す話と、患者が医者を癒す話だ。

book 2004,05,17,Monday
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博士/ブラフマン

2004 05,15,Saturday

10時起床。ものすごく天気がいい。『新潮7月号』掲載の小川洋子『博士の愛した数式』をあらためて読み始める。こないだは途中で挫折してしまったのだった。一気に読んで、次は『群像1月号』の『ブラフマンの埋葬』(上)。これも一気に読み、『群像2月号』の(下)も続けて読んだ。小川洋子は前に何冊か読んだことがあったはずだが、これほどファンタジー色が強いという印象は持っていなかった。村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終わり」パートのような世界観といったらいいか。そして小川洋子の小説を読むことは、どこか墓参りを思わせるところがある。

『ブラフマンの埋葬』では固有名が作品から丁寧に払拭されており、唯一の固有名ともいえる「ブラフマン」と名付けられた動物は、どんな種類の動物なのか特定できないようになっている。つまり、固有名は一般名を想起させないし、一般名は固有名を想起させない。そして、読者にはあらかじめ『ブラフマンの埋葬』というタイトルが与えられている。したがって読者の興味は「ブラフマン」が「いつ、どのようにして埋葬されるのか」の一点に、いわばスキャンダラスな視線でもって集中するだろう。そのような読みの持続する時間の中においては、ほんの些細で取るに足らない日常的な出来事でさえ、どこか不穏な空気を帯びてくる。『ブラフマンの埋葬』では、そのような死への予感が冒頭から終わりまでを一貫して支配する。具体的にいえば、「自動車」という単語が出現しただけで、もしかしたら車に轢かれるのではないか、という連想が働く、というような意味だ(ぼくは実際そのように感じた)。そのことは『博士の愛した数式』においては、「博士の記憶がいつなくなってしまうのか」ということに対応しているだろう。はじめきっちりと80分持続していた記憶が終盤にかけて不安定になっていく、というような場面。そのような不安感が持続すると同時に、なにもかもが親しきものの死(文字通りの死である必要はない。記憶が共有されなくなるという事態も含む)へと収斂するとき、ひとつひとつのエピソードは、たちまち美しい闘病記録のようなものとしての側面をも見せ始める。闘病記録を書くことは残されたものの義務である、とでもいうようなテーゼに小川洋子は一貫して忠実だ。闘病記録はその対象の死を持って終わらざるを得ない。そこでは、いわば叙述全体が不可逆的に死へと向かっている。だがどこかで叙述全体が反転するかのような印象が生じる。たとえば、小説の終わりに「ブラフマン」が埋葬されることで、小説内から固有名で名指されたものがついに消滅する。それがなにを指すのであれ、そして、あらかじめ予感されたものであるとはいえ、名付けられたものの死にはある哀しみがつきまとうといわざるをえない。にもかかわらず固有名それ自体は決して消滅することはない。というよりもむしろ、死が描かれることで固有名が記憶媒体に刻印されるという事実が生じる、ということがはじめから作者により目指されていたのだと読者に了解されるとき、まるで叙述全体が死者への祝福であるかのように機能し始める。そのような反転は、固有名の想起だけが死を悼むためのただひとつの回路である、という素朴な事実を明らかにするだろう。それは必ずしも固有名でなければならないというわけではない。たとえば、それは「博士」の残した「数式」が書かれた「紙切れ」でも、「江夏豊」の「野球カード」に写った完全数としての背番号「28」でもかまわない。特定の個人と結びついた思い出の品としての「名」や「数式」や「数字」が、われわれを「この世界を去ったもの」の元へと連れて行く(それはつまり、あらゆるものが固有名であり得る、ということを示唆してもいるだろう)。そのとき、小説とは、名付けられたものの死を悼む碑文のようなものだ。したがって小川洋子は碑文家として、あるいは記憶を失ってしまった者の記憶を代補する者として現れる。つまり端的にいえば、小川洋子の小説を読むことは、どこか墓参りを思わせるところがある。

夕方、電源タップを買いに出る。ずっと使っていた電源タップはコードが破れ、中のニクロム線が剥き出しになっており、危険極まりない状態を呈していた。踏切を渡った先にある店に行くつもりで列車の通過するのを待っていると、いつまでたっても踏切が開かない。ひとつ隣の駅で車両がストップしてしまっているのだった。15分ほど待たされる。踏切で待つこと事態には文句はないのだが、いつしてもいい買い物をしようとしているのに、どうしてよりにもよってこのような事態に遭遇してしまうのだろう、という自分に対して運の悪さを呪うような気分に陥ってしまう。

book 2004,05,15,Saturday
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